自殺・自決・自害した日本の著名人物一覧
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自殺・自決・自害した日本の著名人物一覧(じさつ・じけつ・じがいしたにっぽんのちょめいじんぶついちらん)では、自ら命を絶った日本の著名な人物、あるいは自ら命を絶ったとされる著名な人物を一覧する。
日本の人物については「#自殺した著名人一覧」を、日本以外の人物については「自殺した有名人の一覧」を参照
自殺した著名人一覧
この一覧には明治時代から現在までの人物を収載する。それ以前の人物については「#近代以前」を参照
その自殺について強い疑義のある者に関しては「#その自殺に強い疑義のある者」を参照
本節の一覧および本項の一覧は、その人物本人、あるいはその業績、作品など、いずれかがマスメディアまたは歴史書の記述に広く採り上げられ、その自殺の事実自体も広く知られている、著名な人物を収載している。基本的にはCategory:自殺した人物に対応する。
- 凡例
- デフォルトでは没年月日の降順に配列。
- 没年齢は満年齢で表記。ただし、正確な生年月日が不明な一部の人物については便宜的に数え年で表記した(アスタリスク付きの年齢は数え年)。
- 没年月日の欄のアスタリスク付き (**) の日付は遺体発見日である。
- 軍人の階級については、死後の昇進・特進後の最終階級ではなく、死亡時の階級に統一した。
氏名 | 職業/肩書き/地位 | 手段 | 没年齢 | 没年月日 | 備考/補足/関連 |
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帯刀孝則 | 実業家 | 首吊り | 58歳 | 2012年6月28日 | イエローキャブ社長。東京都港区南青山にある会社事務所のビル4階トイレで首吊り[1][2][3]。 |
塚越孝 | アナウンサー | 首吊り | 57歳 | 2012年6月26日 | フジテレビアナウンサー。フジテレビ社内の男子トイレの個室でスカーフで首を吊って亡くなっているのを警備員が発見した[4]。 |
齊藤隆 | 政治家、現職町長 | 自刃/頸部 | 47歳 | 2012年2月6日 | 現職の千葉県横芝光町長。首をカッターナイフで切り、自宅の東側にある栗山川の中で父親に抱えられているところを救急隊員に救出され、病院に搬送されるも約2時間半後に死亡[5][6][7]。家族によれば自殺直前の数日は食欲が無く何か悩んでいる様子だったという[6][7]。 |
小島貞博 | 騎手、調教師 | 首吊り | 60歳 | 2012年1月23日 | 厩舎経営に悩み、「先に行くから」と夫人に電話で伝えた後、栗東トレセン内の自厩舎2階で首吊り[8][9][10]。 |
長瀬弘樹 | 作詞家、作曲家 編曲家、歌手 |
首吊り | 36歳 | 2012年1月4日 | 東京都調布市の自宅マンションで首吊り[11]。 |
松本礼児 | 作詞家 | 焼身 | 68歳 | 2011年12月19日 | 12月19日午前4時40分頃[12]、世田谷区祖師谷の自宅玄関先で焼身[12][13]。 |
青山景 | 漫画家 | 首吊り | 32歳 | 2011年10月9日** | 東京都狛江市の自宅マンション浴室で首を吊っているのが発見された[14]。『よいこの黙示録』を連載中だった[14]。 |
中島尚俊 | 会社社長 | 入水 | 64歳 | 2011年9月18日** | JR北海道社長。2011年9月12日朝、遺書を残し失踪。同日午後に石狩市の海岸近くで車が見つかり捜索活動が続いていたが[15]、9月18日に小樽市沖合約1kmの海上で遺体が発見された[16][17]。 |
柴野多伊三 | 政治家、元衆院議員 | 首吊り | 60歳 | 2011年9月5日 | 日本中油をめぐる架空増資・未公開株販売事件で詐欺などの罪に問われ裁判中だった。東京地検特捜部への抗議文を報道各社に送り、判決の当日に首吊り[18][19]。 |
伊良部秀輝 | プロ野球選手 | 元首吊り | 42歳 | 2011年7月27日** | ロッテ・米ヤンキース・阪神でプレーした豪腕投手[20]。1993年には当時日本最速の球速158km/hを記録[21]、日米通算106勝[20]。現地時間の7月27日午後[22]、ロサンゼルス近郊の自宅で首を吊って死亡しているのを発見された[22][23]。伊良部の死を受けてヤンキースは、「ピンストライプのユニホームを着た選手は全員、永遠にヤンキースファミリーの一員だ。心から哀悼の意を表したい」との声明を発表した[22][24]。 |
中村とうよう | 音楽評論家 | 飛び降り | 79歳 | 2011年7月21日 | 株式会社ミュージック・マガジン元会長・編集長、武蔵野美大客員研究員。本名は中村東洋。一人暮らしの自宅マンション8階から飛び降り[25] |
一志 | ミュージシャン | 32歳 | 2011年7月18日 | Kagrra,のボーカリスト。 | |
沢田泰司 | ミュージシャン | 首吊り | 45歳 | 2011年7月17日 | Xの元ベーシスト。暴行罪で勾留中に首を吊る。 |
樺山卓司 | 政治家、現職都議 | 窒息自殺 | 63歳 | 2011年7月1日 | 7月1日午前3時5分頃[26]、東京都葛飾区の自宅兼事務所2階で、頭にポリ袋をかぶって倒れているのを家族が発見した。報道各紙は一律、「警視庁(葛飾署)は自殺の可能性が高いとみて調べている」と報じた[26][27][28][29][30]。樺山都議の死去により自民党は1議席を失い、都議会は与野党が逆転した[31]。 |
山本広明 | 政治家 元高知県議会議長 |
飛び降り | 62歳 | 2011年6月26日 | 2007年5月から2008年3月まで高知県議会議長を務めた現職県議。元自民党県連幹事長。[32][33] |
谷哲二郎 | 実業家 | 首吊り | 61歳 | 2011年5月24日 | ルミネ社長。元JR東日本副社長。 |
上原美優 | アイドル、タレント | 首吊り | 24歳 | 2011年5月12日 | 「種子島出身の貧乏アイドル」として売り出し、テレビのバラエティ番組を中心に活躍していた。 |
引地良一 | 実業家 | 首吊り | 68歳 | 2011年4月30日 | 亀屋万年堂会長。 |
田中実 | 俳優 | 首吊り | 44歳 | 2011年4月25日 | 1990年の連続テレビ小説『凛凛と』で主演。無名塾出身。 |
奥山英志 | 事件リポーター | 首吊り | 61歳 | 2011年4月10日** | 2011年4月から失踪していたことが2011年9月に報じられ、2011年12月に、東京都調布市の神代植物公園で4月10日に発見された身元不明遺体が奥山のものであることが確認された[34]。 |
西垣浩司 | 実業家 | 首吊り | 72歳 | 2011年3月2日 | 元NEC社長。 |
池田敏春 | 映画監督 | 入水 | 59歳 | 2010年12月26日** | 日活、ディレクターズ・カンパニーを経て、1991年以後はフリーランスの映画監督として活動していた。 |
松本友里 | 女優、元歌手 | 元首吊り | 42歳 | 2010年11月15日 | 俳優松平健の妻。 |
牧野田彩 | AV女優、元歌手 | 飛び降り | 30歳 | 2010年10月23日 | 1996年にオーディション番組ASAYANからデビューしたユニットL☆ISの元メンバー。2009年にAYAとしてAVデビュー。元小室ファミリー。 |
吉田敬 | 実業家 | 首吊り | 48歳 | 2010年10月7日 | ワーナーミュージック・ジャパン社長兼CEO。鬱病に悩んでいたとされる。 |
影山日出夫 | ジャーナリスト | 首吊り | 56歳 | 2010年8月12日 | NHK解説委員で、日曜討論の司会。渋谷区のNHK放送センター内で首吊り自殺を図り、搬送されたが翌日に死去。 |
小室康彦 | 政治家、現職村長 | 首吊り | 75歳 | 2010年8月4日 | 現職の福島県中島村長。辞職願を提出した数時間後に自宅の作業場で縊死。2008年12月に脳梗塞で倒れ、体調不良に悩まされていた[35][36]。 |
今野雄二 | 評論家 | 首吊り | 66歳 | 2010年8月2日** | 深夜番組『11PM』への出演で知られる。映画評論、音楽評論の他にも翻訳家・作詞家として活動していた。 |
山本真純 | アナウンサー | 飛び降り | 34歳 | 2010年7月27日 | 日本テレビアナウンサー。産後うつを患っていた。 |
大佑 | ミュージシャン | 薬物過剰摂取 | 31歳 | 2010年7月15日** | ヴィジュアル系バンド蜉蝣の元ボーカル。ソロプロジェクトのセカンドシングル発売直前、自宅で死亡しているのが見つかる。 |
萬屋吉之亮 | 俳優 | 元首吊り | 36歳 | 2010年6月15日 | 俳優萬屋錦之介と女優淡路恵子の次男(淡路恵子の四男) |
平野洋子 | 作家 | 首吊り | 47歳 | 2010年2月7日 | 俳優船越英一郎の妹。死亡時まで旅館女将を務めていた。 |
山内晶 | 実業家 | 練炭 | 59歳 | 2010年2月7日 | 元広島ガス開発社長。前年に約444億円にものぼる架空循環取引が発覚し引責辞任していた。 |
郷里大輔 | 声優 | 自刃/手首 | 57歳 | 2010年1月17日 | 『キン肉マン』のロビンマスクやアシュラマンなどを演じた声優。 |
小嶋英嗣 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 55歳 | 2009年11月28日 | 現職の和歌山県那智勝浦町長。2009年9月18日に初当選、その2カ月後に自宅で首吊り。 |
加藤和彦 | 作曲家 音楽プロデューサー |
首吊り | 62歳 | 2009年10月17日 | フォーク・クルセダーズ元メンバー。『あの素晴しい愛をもう一度』『悲しくてやりきれない』『白い色は恋人の色』『ドゥー・ユー・リメンバー・ミー』などの作曲者。 |
原仁朗 | 公務員、現職副町長 | 首吊り | 60歳 | 2009年9月13日 | 現職の島根県西ノ島町副町長。 |
清水由貴子 | 歌手、女優 | 硫化水素 | 49歳 | 2009年4月20日 | 父親の墓がある静岡県の霊園で自殺。 |
高岡勝 | 公務員、元副町長 | 首吊り | 72歳 | 2009年3月30日 | 元香川県琴平町副町長。JA香川からの不正借り入れ問題が直後に発覚。 |
伊藤隆大 | 俳優、声優 | 練炭 | 21歳 | 2009年3月8日 | 俳優伊藤淳史の実弟。 |
永田寿康 | 政治家、元衆院議員 | 飛び降り | 39歳 | 2009年1月3日 | 民主党に所属していた元衆議院議員。堀江メール問題において渦中の人物となった。 |
佐々木一夫 | 騎手、調教師 | 自刃/手首 | 58歳 | 2008年9月28日 | 北海道競馬の騎手。1994年に騎手を引退後調教師となったが、2008年に門別競馬場にて自殺。 |
草柳文惠 | ニュースキャスター | 首吊り | 54歳 | 2008年9月9日 | 評論家草柳大蔵の娘。 |
川田亜子 | アナウンサー | 練炭 | 29歳 | 2008年5月25日 | 元TBSアナウンサー。死亡前日にテレビ朝日のサタデースクランブルに出演していた。 |
麻生美由樹 | AV女優 | 硫化水素 | 20歳 | 2008年4月18日 | |
中村一好 | 音楽プロデューサー | 首吊り | 60歳 | 2008年4月4日 | 都はるみ事務所代表。都はるみの内縁の夫でもあった。 |
森部達也 | 俳優 | 元首吊り | 38歳 | 2008年3月8日 | 俳優山下真司の義理の息子(夫人とその前夫の子)。ミツミ電機創業者である森部一の四男として莫大な遺産の一部を相続していたが、俳優の羽賀研二が勧めていた未公開株(後に未公開詐欺事件による刑事事件に発展)を購入して損害を被り、都内のマンションを買値の半値近い破格の金額で羽賀に売却していた。 |
横田昭夫 | 政治家、元市長 | 首吊り | 66歳 | 2008年2月12日 | 元埼玉県行田市長。 |
甲斐昭 | 公務員、元助役 | 首吊り | 64歳 | 2008年1月5日 | 元宮崎県北浦町助役。元町議の滞納していた住民税を過少徴収、謝礼として元町議から金品を受け取った容疑で前日に有罪判決を受けていた。県警から聴取されていた妻も前年11月20日に入水自殺している。 |
竹田吉孝 | 騎手 | 練炭 | 21歳 | 2007年12月24日 | 金沢市内の駐車場で発見され、搬送されたが死亡。 |
待井寛 | スキー選手 | 元首吊り | 41歳 | 2007年11月15日 | 1994年のリレハンメルオリンピック日本代表選手。 |
竹本貴大夫 | 文楽太夫 | 人形浄瑠璃飛び降り | 59歳 | 2007年11月9日 | 1971年に4代目竹本越路大夫入門の中堅。文楽公演の上演中だった。 |
松山航 | 医学者 | 38歳 | 2007年11月1日 | 鹿児島大学医学部・歯学部付属病院助教授。実験データを捏造した論文を米国の学会誌に発表していたことが発覚していた。 | |
阿部周司 | 公務員、元助役 | 首吊り | 58歳 | 2007年9月23日 | 元北海道常呂町助役、日本カーリング協会理事。町長交際費記載の領収書を焼却処分した公用文書等毀棄容疑がかかっていた。死後書類送検され被疑者死亡により不起訴。 |
松本修治 | 経営者 | 首吊り | 43歳 | 2007年9月7日 | 松本引越センター社長。 |
佐藤真 | 映画監督 | 飛び降り | 49歳 | 2007年9月4日 | |
美咲沙耶 | AV女優 | 首吊り | 21歳 | 2007年7月6日 | ただし異説あり |
山崎進一 | 森林開発公団元理事 | 飛び降り | 76歳 | 2007年5月29日 | 緑資源機構談合疑惑のさなか、松岡利勝農水大臣が自殺した翌日に自殺。 |
松岡利勝 | 政治家、現職農水相 | 首吊り | 62歳 | 2007年5月28日 | 現職農水相。現職閣僚の自殺は第2次大戦終戦時の阿南惟幾以来2人目。 |
阿知波信介 | 実業家 | 入水 | 67歳 | 2007年5月4日 | 芸能事務所アクターズエージェンシー社長。元俳優。鹿児島県霧島市の犬飼滝で遺体発見。 |
加藤善博 | 俳優 | 首吊り | 48歳 | 2007年4月27日 | |
園田英弘 | 社会学者 | 首吊り | 60歳 | 2007年4月6日 | 国際日本文化研究センター教授。 |
工藤和義 | ヤクザ | 拳銃 | 70歳 | 2007年2月15日 | |
大杉君枝 | アナウンサー | 飛び降り | 43歳 | 2007年2月2日 | 日本テレビアナウンサー。出産後、全身の疼痛を伴う原因不明の難病線維筋痛症を患っていた[37]。 |
嶋村孝 | 政治家、元町長 | 焼身 | 57歳 | 2007年1月21日 | 埼玉県川里町の元町長。同町最後の町長でもある。 |
竹中省吾 | 裁判官 | 首吊り | 64歳 | 2006年12月3日 | 大阪高等裁判所判事(第22期) |
中西伸雄 | 実業家 | 鉄道 | 71歳 | 2006年11月8日 | 元和歌山県出納長、元淺川組副社長。同県発注の土木工事を巡る談合事件で大阪地検特捜部より事情聴取を受けていた。和歌山市栄谷の南海本線踏切に飛び込む。 |
高田真理 | ミュージシャン | 飛び降り | 59歳 | 2006年9月26日 | フォークグループ青い三角定規の元メンバー。 |
犬丸りん | 漫画家、エッセイスト | 飛び降り | 48歳 | 2006年9月10日 | NHKアニメ『おじゃる丸』の原案者。 |
団優太 | 俳優 | 飛び降り | 38歳 | 2006年8月8日 | |
甲斐智枝美 | アイドル | 元首吊り | 43歳 | 2006年7月10日 | |
須原一秀 | 哲学者 | 首吊り | 65歳 | 2006年4月 | |
福元久夫 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 57歳 | 2006年3月5日 | 現職の鹿児島県姶良町長 |
加藤光徳 | 政治家、現職市長 | 首吊り | 57歳 | 2006年2月27日 | 現職の三重県伊勢市長 |
上野政夫 | 政治家、現職町長 | 窒息自殺 | 69歳 | 2005年12月2日 | 現職の愛知県西春町長。ビニール袋による窒息自殺。 |
見沢知廉 | 作家 | 飛び降り | 46歳 | 2005年9月7日 | 元右翼活動家。 |
松永国松 | 実業家 | 飛び降り | 63歳 | 2005年8月17日 | 全日本女子プロレス元社長。 |
松本昌三 | 大学教員 | 65歳 | 2005年8月3日 | 和歌山信愛女子短期大学助教授。遺族は自殺の原因は大学側にあるとして損害賠償訴訟を起こす。 | |
永岡洋治 | 政治家、現職衆院議員 | 首吊り | 54歳 | 2005年8月1日 | |
峠哲哉 | 医学者 | 首吊り | 62歳 | 2005年5月24日 | 元広島大学原爆放射線医科学研究所ゲノム疾患治療研究部門教授。同研究所所属の医師の派遣を巡る収賄事件で公判中の自殺。前月16日の初公判では罪を認め釈放されていた。 |
ポール牧 | 芸人、タレント | 飛び降り | 63歳 | 2005年4月22日 | |
砧大蔵 | 作家 | 42歳 | 2005年4月6日 | ||
小柳皓正 | 実業家 | 首吊り | 64歳 | 2005年2月19日 | 元西武鉄道社長。 |
加藤秀明 | 実業家 | 飛び降り | 56歳 | 2004年12月3日 | 五洋建設社長。 |
利光松男 | 実業家 | 首吊り | 80歳 | 2004年11月22日 | 元日本航空社長。 |
マリア | ミュージシャン | 練炭 | 34歳 | 2004年10月12日 | T-BOLANボーカルの元妻。音楽グループ・メリーメリーマリーのボーカル。インターネット上で自殺志願者を募集し、埼玉県皆野町にて計7名による集団自殺。 |
森村桂 | 作家 | 64歳 | 2004年9月27日 | ||
倉沢七海 | AV女優 | 飛び降り | 28歳 | 2004年8月19日 | |
野沢尚 | 脚本家、作家 | 首吊り | 44歳 | 2004年6月28日 | |
渡辺寿一 | 弁護士 | 49歳 | 2004年6月18日 | 仙台弁護士会副会長。 | |
平川ジロー | お笑い芸人 | 睡眠薬 | 38歳 | 2004年6月3日 | |
白井民平 | 実業家 | 59歳 | 2004年5月26日 | 軽種馬生産牧場の経営者。映画影武者の馬術指導を担当した。 | |
鷺沢萠 | 作家 | 首吊り | 35歳 | 2004年4月11日 | |
又野誠治 | 俳優 | 首吊り | 43歳 | 2004年3月23日 | |
薬師寺克一 | 政治家、現職区長 | 首吊り | 71歳 | 2004年3月7日 | 現職の目黒区長 |
清水敏孝 | 声優 | 34歳 | 2003年11月1日 | ||
坂田俊一 | 総務省)[38] 現職副知事 |
元官僚(首吊り | 50歳 | 2003年7月27日 | 現職の岐阜県副知事 |
金子勝 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 59歳 | 2003年6月17日 | 現職の新潟県吉田町長 |
椙田脩 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 62歳 | 2003年4月5日 | 現職の富山県大山町長。 |
古尾谷雅人 | 俳優 | 首吊り | 45歳 | 2003年3月25日 | |
小林奎二郎 | 実業家 | 拳銃 | 66歳 | 2003年3月8日 | プラスチック材卸売会社アトラスの社長。実業家小林陽太郎の実弟。 |
平沢雄二 | 裁判官 | 飛び降り | 53歳 | 2003年3月3日 | 大阪高等裁判所判事 |
森下直人 | 実業家 | 首吊り | 42歳 | 2003年1月9日 | PRIDEを主催するDSE元社長。 |
高畑順子 | 法学者 | 飛び降り | 2002年11月28日 | 北九州市立大学法学部法律学科教授。同大学内で飛び降り。 | |
八谷俊二 | 公務員、現職助役 | 首吊り | 2002年11月6日 | 現職の広島県川尻町助役。同県第3セクターを巡る業務上横領事件で県警から事情聴取要請を受けていた。 | |
那須野悟 | 物理学者 | 首吊り | 40歳 | 2002年7月29日 | 学習院大学教授。物理学専攻。 |
戸川京子 | 女優 | 首吊り | 37歳 | 2002年7月18日 | |
鈴木実 | 彫刻家 | 首吊り | 72歳 | 2002年7月15日 | |
大貫克英 | 大学教員 | 37歳 | 2002年6月20日 | 日本体育大学野球部監督。首都大学野球現役時代ベストナイン2回受賞。 | |
矢川澄子 | 作家、詩人、翻訳家 | 首吊り | 71歳 | 2002年5月29日 | |
橋本寿 | 政治家、現職村長 | 首吊り | 54歳 | 2002年5月18日 | 現職の青森県六ヶ所村村長。収賄事件で事情聴取中に自殺。 |
荒井昌一 | 実業家 | 首吊り | 36歳 | 2002年5月16日 | プロレス団体FMW元社長。 |
塩谷庄吾 | 俳優 | 飛び降り | 35歳 | 2002年5月5日 | |
滝沢貞夫 | 実業家 | 飛び降り | 58歳 | 2002年3月3日 | 滝沢ハム社長。同社は前年春、O157集団食中毒事件発生により業績悪化していた。 |
神尾昭雄 | 言語学者 | 鉄道 | 59歳 | 2002年2月25日 | 獨協大学教授。JR常磐線土浦駅にて飛び込み。妻とともに死亡。 |
北嶋義則 | 政治家、元町長 | 首吊り | 2002年2月14日 | 元秋田県八郎潟町長。2000年の町長選で当選するも10日後に公職選挙法違反で逮捕され辞職、執行猶予付きの有罪判決が確定しておりその期間中であった。妻も逮捕直後に自殺。 | |
岩瀬充自 | 哲学者 | 焼身 | 56歳* | 2002年1月8日 | 三重短期大学名誉教授。愛妻を亡くし、自家用車にガソリンを撒いて焼身。唯物論者であった。 |
猪熊功 | 柔道家 | 自刃/切腹 | 63歳 | 2001年9月28日 | |
竹地盛治 | プロボクサー | 首吊り | 24歳 | 2001年8月10日 | 2001年5月13日、後に世界王者(暫定)となる石田順裕を下し、OPBF東洋太平洋スーパーウェルター級王座を獲得するが、3か月後に突然の自殺。生涯戦績は10勝(2KO)3敗2分 |
武信弘隆 | 政治家、現職市長 | 首吊り | 59歳 | 2001年7月2日 | 現職の福岡県山田市長。 |
青山正明 | 編集者、ライター | 首吊り | 41歳 | 2001年6月17日 | |
松本貞夫 | 政治家、現職町長 | 自刃/手首 | 66歳 | 2001年6月16日 | 現職の埼玉県長瀞町長。収賄事件で任意同行を求められた直後に自殺。 |
賀川光夫 | 考古学者 | 首吊り | 78歳 | 2001年3月9日 | 週刊文春に聖嶽洞窟遺跡における出土品捏造疑惑を報じられ抗議の自殺。その後遺族は週刊文春に対して名誉毀損裁判を起こした。2004年7月に週刊文春の敗訴が確定し、2004年9月2日号にて謝罪文[39]を掲載した。[40][41][42] |
菅原雄二 | 裁判官 | 入水 | 53歳 | 2001年3月3日 | 東京地方裁判所判事。航行中のフェリーから玄界灘に投身。翌朝に福岡県津屋崎町の海岸で水死体となって発見。 |
戸高國次 | 右翼団体代表 | 自刃/頸部 | 41歳 | 2001年2月25日 | 政治結社國志天響社代表。自身の経営する第三セクターリゾート施設が同月19日に3000億円あまりの負債を抱え会社更生法適用を申請していた。 |
加堂秀三 | 作家 | 首吊り | 60歳 | 2001年2月2日 | |
中島洋次郎 | 政治家、元衆院議員 | 首吊り | 41歳 | 2001年1月6日 | 政党助成法違反・公職選挙法違反・受託収賄などで一・二審で懲役2年6カ月・追徴金1000万円の実刑判決を受けたあと精神不安定となり、最高裁に上告するも最終結審前に自殺。 |
桂三木助 | 落語家 | 首吊り | 43歳 | 2001年1月3日 | |
向坂松彦 | アナウンサー | 自刃/手首 | 66歳 | 2000年11月8日 | 元NHKアナウンサー。フジテレビの向坂樹興アナウンサーの叔父。 |
高野光 | プロ野球選手 | 元飛び降り | 39歳 | 2000年11月5日 | |
華月 | ミュージシャン | 睡眠薬 | 19歳 | 2000年10月31日** | ヴィジュアル系バンドRaphaelのギタリスト。 |
斎藤峻佐 | 政治家、元町長 | 首吊り | 54歳 | 2000年10月14日 | 元千葉県九十九里町長。 |
中沢幸夫 | 実業家 | 首吊り | 74歳 | 2000年10月10日 | 元そごう副社長。 |
本間忠世 | 銀行家 | 首吊り | 60歳 | 2000年9月20日 | あおぞら銀行社長。 |
源新信重 | 実業家 | 首吊り | 63歳 | 2000年8月3日 | 三栄化学工業会長。同業他社と共謀して産業廃棄物を不法投棄したとして逮捕・起訴されていた。 |
山本栄治 | 経済学者 | 飛び降り | 51歳 | 2000年7月18日 | 甲南大学経済学部教授。 |
溝口伸郎 | 実業家 | 首吊り | 54歳 | 2000年7月18日 | 芸能事務所サンミュージック取締役。岡田有希子の元マネージャー。 |
楠見記久 | 実業家 | 飛び降り | 59歳 | 2000年6月20日 | シーマ開発責任者。日産プリンス福岡販売社長。 |
飯島晴子 | 俳人 | 79歳 | 2000年6月6日 | ||
井上大輔 | 作曲家 ミュージシャン |
首吊り | 58歳 | 2000年5月30日 | ブルーコメッツ元メンバー。本名および旧芸名井上忠夫。『ブルー・シャトウ』『2億4千万の瞳』『恋のダイヤル6700』『学園天国』の作曲者。網膜剥離の手術を受けた年に自殺。20年以上妻の介護を続けていた。2ヶ月後に妻も自殺。 |
緒方昭夫 | 実業家 | 首吊り | 61歳 | 2000年5月28日 | 獨協学園理事長。経営難の責任を取り学園長を辞職した予備校グレイス学園の学園長室で縊死。 |
斎藤邦彦 | 実業家 | 首吊り | 54歳 | 2000年2月21日 | 東邦生命副社長。同社が破綻。 |
伊藤京子 | 女優 | 鉄道 | 40歳 | 2000年2月21日 | 旧芸名は辻今日子。かつて石坂浩二と愛人関係にあった。相模原駅で飛び込み。 |
てるくはのる | 小学生殺害事件犯人 | 飛び降り | 21歳 | 2000年2月5日 | 1999年12月に発生した京都小学生殺害事件の犯人。「てるくはのる」は犯行声明文に書かれていた犯人の自称。任意同行を拒み逃走、14階建ての団地の屋上から飛び降り[43]。 |
井波忠也 | プロボウラー | 焼身 | 54歳 | 1999年12月15日 | |
後藤斉一 | 元ラグビー選手 | 首吊り | 1999年12月12日 | 北海道ラグビーフットボール協会会長。明治大学出身で同大のラグビー部に所属。同協会が道体育協会からの補助金を不正に受給、使途不明となっていた4000万円の行方を会計担当だった後藤が知っていると思われた中での自殺。 | |
北野明良 | 公務員、元助役 | 首吊り | 1999年10月15日 | 元大阪府門真市助役。同市の公共事業に関わる疑惑で任意で事情聴取されていた。 | |
松宮一彦 | アナウンサー | 首吊り | 45歳 | 1999年9月27日 | 元TBSアナウンサー |
内山正教 | 医学者、医師 | 心中/薬物 | 61歳 | 1999年8月29日 | 国際医療福祉大学教授。東京都港区の自宅で、青山学院大学2年生の20歳の女性とともに心中。女性とは女性のアルバイト先の飲食店で知り合っていた。 |
江藤淳 | 文芸評論家 | 自刃/手首 | 66歳 | 1999年7月21日 | 遺書には「形骸を断ず」と。 |
三浦裕一 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 1999年5月14日 | 現職の青森県五戸町長 | |
上原隆 | 銀行家 | 首吊り | 59歳 | 1999年5月6日 | 元長銀副頭取。長銀破綻前後の不良債権・粉飾決算問題の渦中に自殺。詳細は該当節参照 |
青木達之 | ミュージシャン | 鉄道 | 33歳 | 1999年5月2日 | 東京スカパラダイスオーケストラのドラマ―。小田急電鉄豪徳寺駅西約70メートルから飛び込む。 |
桂枝雀 | 落語家 | 首吊り | 59歳 | 1999年4月19日 | 自宅で首を吊り搬送されたが、回復することなく1カ月後に死去。 |
西岡恭蔵 | ミュージシャン | 首吊り | 50歳 | 1999年4月3日 | フォークグループザ・ディランIIの元メンバー |
南条あや | ネットアイドル フリーライター |
薬物過剰摂取 | 18歳 | 1999年3月30日 | 向精神薬の大量服用によって意識不明となり病院に搬送されるが死亡。明確な自殺の意思があったかどうか不明。 |
沖田浩之 | 俳優、元アイドル | 首吊り | 36歳 | 1999年3月27日 | 沖田家(置鮎家)では沖田浩之だけでなく沖田の祖父・父・兄も自殺で死去している。沖田の父は1996年9月に71歳で首吊り、沖田の兄は2002年4月に43歳でやはり首を吊っている[44]。 |
石川敏浩 | 広島県立世羅高校校長 | 首吊り | 58歳 | 1999年2月28日 | 卒業式における日の丸掲揚と君が代斉唱を巡って県教委と教職員組合の間で板挟みとなり、卒業式の前日に自殺。波紋は国会にも及び[45]、1999年8月の国旗国歌法制定の契機のひとつになったとされる。 |
宮内保雄 | 公務員、現職助役 | 自刃 | 1999年1月30日 | 現職の茨城県北浦町助役。自宅で全身を切り自殺。 | |
田島斉 | 経営者 | 自刃/頸部 | 56歳 | 1999年1月13日 | NTTドコモ副社長。自宅で包丁で首を刺し自殺。同社には11日より体調不良を連絡して出社していなかった。 |
草壁竜次 | Dr.キリコ事件主犯 | 青酸カリ | 27歳 | 1998年12月15日 | 1998年12月に起こったドクター・キリコ事件の主犯。「草壁竜次」は事件以前に自殺掲示板で使用されていたハンドルネーム。 |
三輪田勝利 | プロ野球選手 | 元飛び降り | 53歳 | 1998年11月27日 | オリックス編成部長在職中の1998年、ドラフト会議後の選手獲得交渉が紛糾。これを球団上層部が激しく指弾し、その結果三輪田は投身自殺を遂げた。イチローを発掘した人物として知られる名スカウトだった。 |
丸谷安治 | 公務員、元助役 | 首吊り | 1998年11月18日 | 元青森県倉石村助役。 | |
渡辺省三 | プロ野球選手 | 元飛び降り | 65歳 | 1998年8月31日 | |
田中融二 | 翻訳家 | 排ガス | 73歳* | 1998年5月12日 | 癌で闘病中、親友内田庶に予告の上小樽で自殺。 |
ねこぢる | 漫画家 | 首吊り | 31歳 | 1998年5月10日 | 東京都町田市の自宅で縊死。その数日前に急逝したX JAPANのhideの後を追ったのではないか、との憶測報道が流れたが、夫の山野一はこれをまっこう否定している。詳細はねこぢる#自殺についてを参照。 |
鴨志田孝之 | 日本銀行理事 | 首吊り | 58歳 | 1998年5月2日 | 日銀接待汚職問題や給与水増し疑惑等に対応中、母親の自宅で自殺。 |
小林正明 | 実業家 | 首吊り | 1998年2月25日 | カー用品量販店スポット社長。第57回東京ダービーで勝利したアイネスフウジンの馬主。 | |
新井将敬 | 政治家、現職衆院議員 | 首吊り | 50歳 | 1998年2月19日 | 日興証券スキャンダルの渦中、衆院議運委員会で逮捕許諾請求が可決された直後に自殺。 |
宮崎邦次 | 銀行家 | 首吊り | 67歳 | 1997年6月29日 | 元第一勧銀頭取、総会屋利益供与事件への対応中に縊死。 |
麻田浩 | 画家 | 65歳 | 1997年6月20日 | ||
可愛かずみ | 女優 | 飛び降り | 32歳 | 1997年5月9日 | |
長谷有洋 | 声優、俳優 | 飛び降り | 31歳 | 1996年7月30日 | 声優はせさん治の長男 |
若泉敬 | 国際政治学者 | 青酸カリ | 66歳 | 1996年7月27日 | 1960年代後半の沖縄返還交渉において、当時の佐藤栄作首相の密使として重要な役割を果たしたとされる人物。 |
小川卓海 | 公務員、現職助役 | 焼身 | 64歳 | 1996年3月14日 | 現職の兵庫県神戸市助役 |
冨永忠信 | 政治家、現職村長 | 首吊り | 1996年3月9日 | 現職の宮崎県須木村長。 | |
坂本一郎 | 飛び降り | 1996年3月5日 | 神戸市外国語大学名誉教授。 | ||
TOTTSUAN | ミュージシャン | 鉄道 | 29歳 | 1995年6月22日 | バンドグループS.O.Bのボーカル。関西本線八尾駅から飛び込む。 |
堀口綾子 | アイドル | 首吊り | 22歳 | 1995年4月19日 | アイドルグループみるくの元メンバー |
松崎龍夫 | 政治家、元市長 | 68歳 | 1994年12月19日 | 元北茨城市長。汚職容疑で逮捕され、東京拘置所で拘留中に自殺。 | |
波谷守之 | ヤクザ | 拳銃 | 64歳 | 1994年11月2日 | |
桑田妙子 | ピアニスト | 首吊り | 49歳* | 1994年7月14日 | 1974年に夫パトリック・クロムランクと共にデュオ・クロムランクを結成し、クラシックの演奏家として幅広く活動していたが、夫婦関係のもつれから夫が自宅で首吊り自殺し、妙子も後を追った[46]。 |
開高道子 | 随筆家 | 鉄道 | 41歳 | 1994年6月22日 | 作家開高健の娘。健の急逝から2年後、神奈川県茅ヶ崎駅付近の踏切から飛び込む。 |
岡松伍郎 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 1994年6月14日 | 現職の福岡県穂波町長。同月23日には、岡松が長を勤めていた町衛生施設組合の前の組合長も鉄道自殺している。 | |
竹本良一 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 1994年5月21日 | 現職の愛知県御津町長。 | |
大和田夏希 | 漫画家 | 41歳 | 1994年2月20日 | 『タフネス大地』『虹色town』などの作者。小林まこと・小野新二と親しく、小林まことの自伝作品『青春少年マガジン1978〜1983』には、大和田・小野・小林の最後の交流が描かれている。 | |
廣川昌 | 実業家 | 自刃/胸部 | 1993年12月24日 | ハニックス工業元社長。同社倒産の半年後、東京国税局1階ロビーで刃物で胸を刺して自殺。 | |
藤田五郎 | 作家 | 窒息自殺 | 62歳 | 1993年12月13日 | 映画『仁義の墓場』の原作者。ビニール袋による窒息自殺。 |
西村潔 | 映画監督 | 入水 | 61歳 | 1993年11月17日 | TVドラマでは『西部警察』『探偵物語』『ザ・ハングマン』などにも監督・演出として参加している。 |
野村秋介 | 右翼活動家 | 拳銃 | 58歳 | 1993年10月20日 | 朝日新聞社東京本社の社屋内で自決 |
崎山八郎 | 政治家、現職町長 | 首吊り | 1993年9月1日 | 現職の千葉県海上町長。 | |
佐藤治四郎 | 実業家 | 首吊り | 1993年5月17日 | 東海アルミ箔社長。 | |
井上郁夫 | 裁判官 | 鉄道 | 1993年3月26日 | 高松高等裁判所民事2部判事。香川県高松市扇町の予讃線長谷川踏切から飛び込む。 | |
小島義雄 | 陸上選手 | 元排ガス | 1993年3月3日 | 1952年のヘルシンキオリンピックと1956年のメルボルンオリンピックにハンマー投げ日本代表として出場。かつてのハンマー投げ日本記録保持者。 | |
U-co | ミュージシャン | 29歳 | 1992年8月20日 | バンドグループALLERGYの元ベーシスト | |
是枝康明 | ヤクザ | 拳銃 | 1992年6月20日 | 伊豆組、阿比留組長。 | |
山田花子 | 漫画家 | 飛び降り | 24歳 | 1992年5月24日 | 当初は無職(自称漫画家)A子さんと新聞で報じられたが、後に週刊現代が実名で報じた。 |
高松悠生雄 | 実業家 | 鉄道 | 1992年5月18日 | 東洋ゴム工業副社長。 | |
孫圭鎬 | ヤクザ、実業家 | 自刃/胸部 | 1991年12月26日 | 元柳川組幹部。相場師としても知られた。韓国籍であり日本名は木本一馬。大阪府豊中市の自宅で妻とともに胸を刺し自殺。 | |
百瀬勉 | 薬学者 | 首吊り | 1991年12月21日 | 九州大学薬学部名誉教授。 | |
佐々木康治 | 政治家、現職村長 | 首吊り | 1991年12月13日 | 現職の岩手県宮守村長。 | |
山下民雄 | 文学者(英文学者) | 首吊り | 1991年12月8日 | 法政大学第一教養学部教授。 | |
仲吉良新 | 労働運動家 | 首吊り | 60歳 | 1991年10月9日 | 琉球政府法務局勤務を経て沖縄官公労初代委員長、沖縄原水協理事長、自治労副委員長を歴任[47]。 |
田代清英 | 政治家、元市長 | 首吊り | 1991年9月24日 | 元鹿児島県枕崎市長。 | |
中島義一 | 公務員、現職助役 | 入水 | 1991年8月4日 | 現職の茨城県石岡市助役 | |
名尾良孝 | 政治家、現職参院議員 | 飛び降り | 74歳 | 1991年5月6日 | 議員宿舎から飛び降り自殺 |
多田雄幸 | ヨットマン | 首吊り | 60歳 | 1991年3月8日 | 世界一周レースの途中、シドニーにて客死。 |
伏見扇太郎 | 俳優 | 55歳? | 1991年 ? | かつての東映時代劇のスター。死去年については1991年との説があるが詳細不明。 | |
飯尾正宏 | 核医学者 | 首吊り | 61歳 | 1990年12月21日 | 東京大学医学部教授、日本核医学会元会長、日本医学放射線学会元会長。 |
山内豊徳 | 環境庁) | 官僚(首吊り | 53歳 | 1990年12月5日 | 環境庁企画調整局の現職局長。関連:水俣病訴訟[48][49] |
鳥田家弘 | 建築学者 | 首吊り | 1990年11月16日** | 死後約2日経過していた。 | |
大野太郎一 | 政治家、現職町長 | 1990年10月16日 | 現職の長野県丸子町長。同年に町会計から1億8000万円の使途不明金が発覚していた。死後、それは大野が横領したものと判明。 | ||
佐藤泰志 | 作家 | 首吊り | 41歳 | 1990年10月10日 | |
渡辺博之 | プロ野球選手 | 元首吊り | 69歳 | 1990年10月2日 | 妻と共に首吊り |
河合義隆 | 映画監督、演出家 | 首吊り | 43歳 | 1990年4月30日 | 不倫関係にあった女優荻野目慶子(当時25歳)の自宅にて首吊り |
佐藤俊夫 | 大学教員 | 首吊り | 1990年4月10日 | 東京工業大学理学部化学科助教授。 | |
伊藤立則 | 生物学者 | 入水 | 1990年5月8日** | 京都大学瀬戸臨海研究所助教授。同年4月初頭に行方不明となる。和歌山県西牟婁郡白浜町の三段壁から入水したとみられ、同年5月8日に遺体発見。 | |
有本幹雄 | 政治家、現職町長 | 自刃/胸部 | 1990年3月20日 | 現職の広島県宮島町長。 | |
佐本進 | 小児歯科専門医 | 飛び降り | 54歳 | 1990年2月28日 | 治療中に男児が麻酔事故により急死、死んでお詫びするという旨の遺書を残し飛び降り自殺[50]。 |
相葉洋一 | 経済学者 | 鉄道 | 1990年2月17日 | 日本福祉大学経済学部助教授。 | |
頭山統一 | 拳銃 | 1990年2月16日 | 洗足学園大学講師。頭山満の孫。青山霊園にある満の墓前で拳銃自殺。 | ||
新野容介 | 政治家、現職村長 | 睡眠薬 | 1989年12月23日 | 現職の新潟県関川村長。 | |
石原昭南 | ヤクザ | 拳銃 | 1989年10月6日 | 中京浅野会石原組長。 | |
西村百合 | プロサーファー | 元鉄道 | 1989年9月21日 | 祖師ヶ谷大蔵駅ホームより飛び込む。 | |
長岡弘芳 | 評論家、詩人 | 首吊り | 57歳 | 1989年8月14日 | |
大貫春雄 | ヤクザ | 拳銃 | 1989年7月24日 | 大貫組長。東京都町田市で対立している金原組長金聖真を射殺後自殺。 | |
華ぼたん | 芸人 | 入水 | 61歳 | 1989年5月29日 | 漫才トリオフラワーショウのメンバー |
五十川式雄 | 歴史学者 | 首吊り | 1989年5月10日 | 京都教育大学名誉教授。 | |
青木伊平 | 秘書 | 政治家首吊り | 58歳 | 1989年4月26日 | 竹下登の元秘書。リクルート事件により竹下が退陣表明した翌日、自宅にて手首を切った上首吊り。 |
小松原茂雄 | 文学者(英文学者) | 鉄道 | 60歳 | 1988年11月30日 | 元東京大学教養学部教授、ディケンズの研究者。五反田駅にて飛び込み。 |
仲谷義明 | 政治家、元知事 | 首吊り | 63歳 | 1988年11月18日 | 元愛知県知事。知事を引退した5年後に自殺。 |
有馬啓 | 生物学者 | 飛び降り | 60歳 | 1988年8月23日 | 東京大学名誉教授。元国際微生物学会連合会長。日本学士院賞等受賞。文京区小石川の自宅マンションから飛び降り。 |
古谷真吾 | 会社社長 | 飛び降り | 56歳 | 1988年7月19日 | 阪神タイガース球団代表 |
石沢英太郎 | 作家 | 首吊り | 72歳 | 1988年6月16日 | |
田宮虎彦 | 作家 | 飛び降り | 76歳 | 1988年4月9日 | |
宮城宗典 | ミュージシャン | 飛び降り | 23歳 | 1988年3月29日 | ロカビリーグループヒルビリー・バップスのボーカル |
雨宮第二 | ガス | 37歳 | 1987年12月11日 | ヨガ行者ダンテス・ダイジとしての著書『ニルヴァーナのプロセスとテクニック』が、オウム真理教の教義に影響を与えたとされる[51]。睡眠薬服用の上ガス自殺。 | |
堀江利幸 | 会社社長 | 飛び降り | 1987年8月20日 | ぺんてる社長。東京支社屋上から飛び降り自殺。 | |
佐藤助雄 | 彫刻家 | 鉄道 | 1987年10月19日 | 元日本彫刻会委員長。日本芸術院賞、文部大臣賞等受賞。 | |
三国玲子 | 歌人 | 飛び降り | 63歳 | 1987年8月5日 | |
万場世志冶 | 右翼活動家 | 自刃/切腹 | 22歳 | 1986年12月20日 | 昭和天皇御在位60年奉祝運動を終えた2日後、割腹の上頸動脈を左右から切って自決。 |
日高富明 | ミュージシャン | 飛び降り | 36歳 | 1986年9月20日 | フォークグループガロの元メンバー |
石河彦男 | 画家 | 68歳 | 1986年4月28日 | ||
岡田有希子 | アイドル | 飛び降り | 18歳 | 1986年4月8日 | アイドルとしての人気絶頂期にサンミュージック事務所屋上から投身。大きく報じられ、ウェルテル効果が発生したとされる。 |
遠藤康子 | アイドル | 飛び降り | 17歳 | 1986年3月29日 | レコードデビュー直前、交友関係の清算を(特に恋人と別れるように)指示され悩んでいたとされる。 |
鈴木いづみ | 作家 | 首吊り | 36歳 | 1986年2月17日 | |
熊谷道一 | 会社社長 | 飛び降り | 45歳 | 1986年1月24日 | 地価日本一となった銀座の老舗鳩居堂の社長。1983年に家業の東京鳩居堂を継いだが、1985年8月に父が死去、相続税の支払い義務が生じた。納付期限は1986年2月だった[52]。 |
大河内豪 | 会社社長 | 鉄道 | 51歳 | 1985年12月19日 | 元東京宝塚劇場支配人 |
稲田裕 | 建設省) | 官僚(1985年12月10日 | 建設事務次官 | ||
大友柳太朗 | 俳優 | 飛び降り | 73歳 | 1985年9月27日 | |
鴨居玲 | 画家 | ガス | 57歳 | 1985年9月7日 | |
山本昌二 | 県警幹部 | 焼身 | 59歳 | 1985年8月7日 | 滋賀県警本部長。グリコ・森永事件で犯人を取り逃がした責任を取ったとされている。 |
磯部三枝子 | 漫画家 | 入水 | 31歳 | 1985年6月5日 | |
若山セツ子 | 女優 | 首吊り | 55歳 | 1985年5月9日 | 躁鬱症状による奇行の末一度入院、一旦退院するが、姉と母を亡くしたあと再入院し、入院先で首吊り。 |
金鶴泳 | 作家 | ガス | 46歳 | 1985年1月4日 | |
ちばあきお | 漫画家 | 41歳 | 1984年9月13日 | 漫画家ちばてつやの実弟。アニメにもなった野球漫画『キャプテン』『プレイボール』の作者。 | |
中山三吉 | 芸人 | 首吊り | 47歳* | 1984年6月3日 | |
山藤浩三 | 競輪選手 | 心中/一家心中 | 39歳 | 1984年5月 | 1964年の東京オリンピック日本代表選手 |
笠島正行 | 工学者 | 飛び降り | 45歳* | 1984年2月3日 | 法政大学工学部教授。東大構内で飛び降り自殺。 |
依田郁子 | 陸上選手 | 元首吊り | 45歳 | 1983年10月14日 | 1964年の東京オリンピック日本代表選手 |
今泉陽子 | 女優 | 飛び降り | 42歳 | 1983年8月26日 | TBS緑山スタジオ5階から飛び降り |
沖雅也 | 俳優 | 飛び降り | 31歳 | 1983年6月28日 | |
松本幸男 | 政治家、現職衆院議員 | 首吊り | 56歳 | 1983年1月28日 | 社会党衆議院議員。前年にも入院中に自殺未遂[53]。 |
杉原正 | 警察庁) | 官僚(首吊り | 51歳 | 1982年11月12日 | 大阪府警察で現職警察官多数が懲戒処分された賭博ゲーム台汚職事件が自分の警察本部長在任中に起きていたことに対する引責 |
江夏美好 | 作家 | 首吊り | 59歳 | 1982年7月17日 | |
秋元近史 | TVディレクター | 飛び降り | 49歳 | 1982年4月 | バラエティ番組『シャボン玉ホリデー』のディレクター |
山本弘 | 画家 | 首吊り | 51歳 | 1981年7月15日 | |
春風亭一柳 | 落語家 | 飛び降り | 45歳 | 1981年7月9日 | |
矢沢惇 | 法学者 | 飛び降り | 59歳 | 1980年4月6日 | 東京大学法学部教授。入院先の順天堂大学医学部附属順天堂医院から飛び降り。 |
佐々木きぬ | プロゴルファー | 首吊り | 29歳* | 1981年3月18日 | 生年月日未詳のため数え年 |
本田守 | 商学者 | 首吊り | 51歳* | 1980年3月15日 | 早稲田大学商学部教授。不正入試疑惑の渦中に自殺。 |
保田重貞 | 会社役員 | 鉄道 | 62歳 | 1980年2月6日 | KDD疑惑の渦中に自殺。KDD幹部(前社長付参与)。小田急線向ヶ丘遊園駅ホームから特急列車に飛び込んだ[54]。 |
山口清邦 | 会社役員 | 首吊り | 39歳 | 1980年1月24日 | KDD疑惑の渦中に自殺。KDD幹部(元社長秘書)[54]。 |
中田軍治 | 芸人 | 飛び降り | 41歳 | 1979年10月25日 | 漫才コンビWヤングのメンバー |
山岸章二 | 編集者、写真評論家 | 首吊り | 50歳* | 1979年7月20日 | |
影山正治 | 歌人 | 右翼活動家、散弾銃 | 68歳 | 1979年5月25日 | 割腹の上、散弾銃により自決。 |
大下弘 | プロ野球選手 | 元睡眠薬 | 56歳 | 1979年5月23日 | |
江口榛一 | 詩人、作家 | 首吊り | 65歳 | 1979年4月18日 | |
対馬忠行 | マルクス主義思想家 | 入水 | 77歳 | 1979年4月11日 | 播磨灘を航行中のフェリーから入水 |
島田三敬 | 会社役員 | 飛び降り | 57歳 | 1979年2月1日 | 日商岩井常務、ダグラス・グラマン事件重要参考人。他殺説あり[55][56]。 |
田宮二郎 | 俳優 | 猟銃 | 43歳 | 1978年12月28日 | |
畠山麦 | 俳優 | 首吊り | 34歳 | 1978年7月13日 | 『秘密戦隊ゴレンジャー』のキレンジャー |
関良一 | 文学者(日本文学) | 60歳 | 1978年3月10日 | ||
富所正一 | ミュージシャン | 入水 | 25歳 | 1977年3月20日 | 新潟県三条市の三条大橋から信濃川に投身。 |
竹沢弥七 | 義太夫節三味線方 人間国宝 |
入水 | 66歳 | 1976年10月24日 | |
日高敏彦 | 左翼活動家 | 首吊り | 31歳 | 1976年10月2日 | 日本赤軍メンバー。1975年8月に発生したクアラルンプール事件の実行犯。事件の翌年ヨルダンで拘束され、取り調べ中に獄中自殺。 |
笠原正則 | 秘書 | 政治家排ガス | 42歳 | 1976年8月2日 | 田中角栄の運転手・私設秘書を務めた人物。ロッキード事件の渦中に自殺。 |
村上知行 | 翻訳家 | 自刃/頸部 | 77歳 | 1976年3月23日 | 中国および中国文学の研究者で、三国志・水滸伝・西遊記など四大奇書の現代語訳で知られた[57]。自宅にて鉛筆削り用の小型ナイフで自刃[58]。 |
小堀保三郎 | 実業家 自動車技術者 |
心中/ガス | 76歳 | 1975年8月30日 | エアバッグの発明者。研究開発に私財を投じ特許も取得したが、発明当初はすぐに実用化されるに至らず、借金苦・生活苦から妻と共にガス心中した(エアバッグの実用化は1980年代で、普及は1990年代中盤以降である)。 |
岡真史 | 高史明の子息 | 作家飛び降り | 12歳 | 1975年7月17日 | 遺稿集として詩集『ぼくは12歳』が出版され、NHKでドラマ化された。 |
保倉幸恵 | 女優、モデル | 鉄道 | 22歳 | 1975年7月8日 | |
船本洲治 | 左翼活動家 | 焼身 | 29歳 | 1975年6月25日 | 過激派として指名手配されたあと潜行し、沖縄の嘉手納基地ゲート前で抗議の焼身自殺[59]。1985年に遺稿集『黙って野たれ死ぬな』が刊行されている[60]。 |
齋藤和 | テロ組織幹部 |
左翼活動家青酸カリ | 27歳 | 1975年5月19日 | 東アジア反日武装戦線「大地の牙」部隊のリーダーとして連続企業爆破事件を主導したとされる。逮捕直後、隠し持っていた青酸カリで取り調べ中に自殺。 |
富永美沙子 | 女優 | 心中/排ガス | 41歳 | 1975年5月2日** | 支笏湖畔にて排ガス心中、5月2日に遺体発見[61][62]。 |
中村英子 | 女優 | ガス | 24歳 | 1975年3月30日 | |
村上一郎 | 文芸評論家 | 自刃/頸部 | 54歳 | 1975年3月29日 | 三島事件から5年後の自刃。 |
若林美宏 | 女優 | 飛び降り | 25歳 | 1974年6月3日 | |
杉山登志 | CMディレクター | 首吊り | 37歳 | 1973年12月12日 | |
大場啓仁 | 文学者(英米文学) | 心中/一家心中 | 38歳 | 1973年9月6日 | 立教大学助教授。殺人を犯し、自首の直前に家族を巻き込んで自殺。 |
小林美代子 | 作家 | 睡眠薬 | 56歳 | 1973年8月18日 | |
和田鶴一 | 政治家、元参院議員 | ガス | 61歳 | 1973年6月1日 | |
大辻伺郎 | 俳優 | 首吊り | 38歳 | 1973年5月21日 | |
森恒夫 | 左翼活動家 | 首吊り | 28歳 | 1973年1月1日 | 連合赤軍委員長。山岳ベース事件の首謀者。東京拘置所にて獄中自殺。 |
弓削太郎 | 映画監督 | 首吊り | 51歳* | 1973年5月20日** | 1972年に行方不明となり、1973年5月20日にミイラ化した状態で発見された。 |
瀬越憲作 | 囲碁棋士 | 83歳 | 1972年7月27日 | ||
川端康成 | 作家 | ガス | 72歳 | 1972年4月16日 | ノーベル文学賞受賞者。逗子マリーナマンション407号室でガス自殺。 |
剣持勇 | インテリアデザイナー | ガス | 59歳 | 1971年6月3日 | |
森田必勝 | 右翼活動家 | 自刃/切腹 | 25歳 | 1970年11月25日 | 楯の会メンバー。三島由紀夫と共に自刃(三島事件)。 |
三島由紀夫 | 作家 | 自刃/切腹 | 45歳 | 1970年11月25日 | 市ヶ谷駐屯地にて自衛隊決起を呼び掛ける演説をしたのち割腹(三島事件)。 |
山村政明 | 学生 | 焼身 | 25歳 | 1970年10月6日 | 日本に帰化した在日2世。早稲田大学大隈講堂前で焼身。遺稿集『いのち燃えつきるとも』[63] |
半田義之 | 作家 | 59歳 | 1970年8月2日 | 芥川賞作家(1939年受賞) | |
河津憲太郎 | 水泳選手 | 元焼身 | 55歳 | 1970年3月24日 | 1932年のロサンゼルスオリンピック男子100M背泳ぎの銅メダリスト |
太田八重子 | ヌードモデル | 入水 | 25歳 | 1969年12月10日 | シンナーを用いた窒息自殺という説もある |
高野悦子 | 学生 | 鉄道 | 20歳 | 1969年6月24日 | 死後に出版された遺稿集『二十歳の原点』がベストセラーになる |
江藤小三郎 | 陸上自衛官 |
右翼活動家焼身 | 23歳 | 1969年2月11日 | 江藤新平の曾孫。「覚醒書」を遺し国会議事堂前で焼身。その1年9ヶ月後に楯の会事件で自決する三島由紀夫に影響を与えたといわれる。詳細は三島由紀夫#決起に至った理由を参照。 |
円谷幸吉 | マラソン選手 | 自刃/頸部 | 27歳 | 1968年1月9日 | 1964年の東京オリンピック男子マラソン銅メダリスト 「父上様 母上様 三日とろゝ美味しうございました」で始まる遺書を記している。 |
由比忠之進 | エスペランティスト | 焼身 | 73歳 | 1967年11月12日 | ベトナム戦争に賛同する日本政界への抗議として、首相官邸前で焼身自殺。由比の自殺は1963年6月のティック・クアン・ドック師の焼身を範としている。ドック師の焼身はその写真と共に広く報道され、アメリカではアリス・ハーズ(1965年3月)ら8人が、フランスではフランシーヌ・ルコント(1969年3月)が、ドック師や由比と同じく抗議の焼身を遂げている。 |
丸井太郎 | 俳優 | ガス | 31歳 | 1967年9月6日 | |
安平鹿一 | 政治家、元衆院議員 | 65歳 | 1967年1月17日 | 日本社会党の元衆議院議員。1960年に病気で政界を退いたあと自宅療養していたが、1967年1月17日に自宅で死亡しているところを発見された。検死の結果、自殺と判明した。 | |
谷晃 | 俳優、演出家 | 首吊り | 55歳 | 1966年8月11日 | |
市川團蔵 | 歌舞伎役者 | 入水 | 84歳 | 1966年6月4日 | |
柳家きん平 | 落語家 | 鉄道 | 44歳 | 1966年4月24日 | |
清村耕次 | 俳優 | 首吊り | 40歳 | 1966年2月1日 | |
小泉軍治 | 柔道家 | 69歳 | 1965年4月15日 | 柔道をイギリスに紹介し「イギリス柔道の父」と呼ばれた人物。 | |
奥浩平 | 学生 | 睡眠薬 | 21歳 | 1965年3月6日 | 学生運動活動家。死後、遺稿集『青春の墓標』が出版された。 |
法眼俊作 | 外交官) | 官僚(飛び降り | 27歳* | 1964年6月4日 | 外務省入省後の西ベルリンへの留学中に精神を病み、ビルから飛び降り。 |
立松和博 | 新聞記者 読売新聞社員 |
元睡眠薬 | 41歳 | 1962年 10月 | 売春汚職事件の報道に関連して一時逮捕され、記事が取り消しとなり、記者職から外されて失意のうちに自殺。 |
永利勇吉 | プロ野球選手 | 元鉄道 | 41歳 | 1962年6月27日 | |
小宮光江 | 女優 | ガス | 26歳 | 1962年1月20日 | |
岸上大作 | 歌人 | 首吊り | 21歳 | 1960年12月5日 | |
山口二矢 | テロリスト | 右翼首吊り | 17歳 | 1960年11月2日 | 浅沼稲次郎暗殺事件の実行犯。東京少年鑑別所にて首吊り。 |
浮世亭夢若 | 芸人 | 睡眠薬 | 45歳 | 1960年10月5日 | |
名取春仙 | 画家、浮世絵師 | 服毒 | 74歳 | 1960年3月30日 | 青山にある高徳寺の先祖の墓前にて妻と共に服毒[64] |
火野葦平 | 作家 | 睡眠薬 | 53歳 | 1960年1月24日 | 当初は病死と思われたが、後に自殺の経緯を記したノートが発見される。13回忌で公表された。 |
竹脇昌作 | アナウンサー | 首吊り | 49歳 | 1959年11月9日 | 元NHKアナウンサー。俳優竹脇無我の父。 |
谷山豊 | 数学者 | ガス | 31歳 | 1958年11月17日 | |
坂本睦子 | 睡眠薬 | 44歳 | 1958年4月15日 | 大岡昇平の小説『花影』のモデル。戦前文壇のミューズ。長く大岡と愛人関係にあったが、別離の1年後に自殺。 | |
久保栄 | 劇作家、演出家 | 首吊り | 57歳 | 1958年3月15日 | |
愛新覚羅慧生 | 学生 | 心中/拳銃 | 19歳 | 1957年12月10日 | 愛新覚羅溥儀の姪。同級生男性大久保武道と情死。※ただし異説もあり。天城山心中事件参照。 |
楠木繁夫 | 歌手 | 首吊り | 51歳 | 1956年12月14日 | 流行歌歌手。戦前の歌謡界をリードした歌手の一人。 |
石川力夫 | ヤクザ | 飛び降り | 30歳 | 1956年2月2日 | 藤田五郎の小説『仁義の墓場』のモデル。服役中に自殺。 |
服部達 | 文芸評論家 | 凍死 | 33歳 | 1956年1月1日 | 睡眠薬服用のうえ真冬の八ヶ岳に分け入り凍死。遺体は半年のあいだ発見されなかった。 |
守安祥太郎 | ピアニスト | 鉄道 | 31歳 | 1955年9月28日 | |
加藤道夫 | 劇作家 | 首吊り | 35歳 | 1953年12月22日 | |
久坂葉子 | 作家 | 鉄道 | 21歳 | 1952年12月31日 | |
安城美智子 | 歌手 | 心中/睡眠薬 | 24歳 | 1952年11月17日 | NHKプロデューサーの男性と京都市内のホテルで睡眠薬による心中を図った。男性は生き残り、安城だけが死亡した[65]。 |
菊仲米秋 | 地唄・箏曲奏者 | 69歳 | 1952年10月24日 | ||
加清純子 | 凍死 | 18歳 | 1952年4月14日** | 渡辺淳一の小説『阿寒に果つ』のモデル。渡辺淳一の初恋の人といわれる[66]。1952年1月23日に失踪、4月14日に遺体が発見される[66]。 | |
原民喜 | 作家 | 鉄道 | 45歳 | 1951年3月13日 | |
原田慶吉 | 法学者 | 首吊り | 47歳 | 1950年9月1日 | 東京大学法学部教授。ローマ法学者。 |
木村荘太 | 作家、翻訳家 | 首吊り | 61歳 | 1950年4月15日 | 成田山公園にて縊死。 |
菅季治 | 哲学者 | 鉄道 | 32歳 | 1950年4月6日 | 徳田要請問題で追及され、証人喚問の翌日に自殺。 |
山崎晃嗣 | 会社社長 | 青酸カリ | 26歳 | 1949年11月24日 | 光クラブ社長。光クラブ事件で自殺。 |
田中英光 | 作家 | 自刃/手首 | 36歳 | 1949年11月3日 | 太宰治の墓前で睡眠薬服用の上手首を切って自殺 |
東浦庄治 | 政治家、現職参院議員 | 首吊り | 51歳 | 1949年9月2日 | 緑風会所属、東大講師、農業共済保険協会会長。[67] |
長沢延子 | 詩人 | 服毒 | 17歳 | 1949年6月1日 | 1946年に入水を遂げた原口統三に強い影響を受けたとされる。遺稿集『友よ私が死んだからとて』 |
高木正得 | 華族、元貴族院議員 昆虫学者 |
首吊り | 54歳 | 1948年11月1日** | 1948年7月8日、青酸カリを携えて遺書を残し失踪。その4カ月後、奥多摩の山中で白骨となって発見された。 |
太宰治 | 作家 | 心中/入水 | 38歳 | 1948年6月13日 | 山崎富栄と共に玉川上水へ入水。富栄による無理心中説あり。 |
山上光治 | ヤクザ | 拳銃 | 25歳* | 1948年3月23日 | 映画『仁義なき戦い 広島死闘篇』のモデル。 |
清水澄 | 法学者 最後の枢密院議長 |
入水 | 78歳 | 1947年9月25日 | 新憲法施行に際し、「幽界より国体を護持し今上陛下の御在位を見守らんと欲する」がゆえに自決した。明治憲法に殉じたとも言われる。遺言の全文と詳細は清水澄を参照。 |
安達二十三 | 陸軍中将 | 軍人、自刃/切腹 | 57歳 | 1947年9月10日 | ニューギニア方面司令官。終戦後、すべての部下が解放されるのを待って自決。のちに作家山田風太郎は、その著書の中で、安達の身の処し方を極めて肯定的に評価している。 |
原口統三 | 詩人 | 学生、入水 | 19歳 | 1946年10月25日 | 『二十歳のエチュード』の作者 |
草場辰巳 | 陸軍中将 | 軍人、青酸カリ | 58歳 | 1946年9月17日 | 山崎豊子の小説『不毛地帯』に登場する秋津中将(秋津紀武)のモデルといわれる。 |
安藤利吉 | 陸軍大将 | 軍人、服毒 | 62歳 | 1946年6月19日 | |
蓑田胸喜 | 慶大教授 |
右翼思想家首吊り | 52歳 | 1946年1月30日 | 戦中右翼の理論的指導者の一人だったが、終戦後に自殺。発狂による横死との説もある。 |
近衛文麿 | 政治家、元首相 | 青酸カリ | 54歳 | 1945年12月16日 | |
納見敏郎 | 陸軍中将 | 軍人、51歳 | 1945年12月13日 | ||
本庄繁 | 陸軍大将 | 軍人、自刃/切腹 | 79歳 | 1945年11月30日 | 終戦時すでに現役を退いていたが、GHQからの戦犯指定を受け、陸軍大学校の理事長室にて割腹。 |
吉本貞一 | 陸軍大将 | 軍人、自刃/切腹 | 58歳 | 1945年9月14日 | |
橋田邦彦 | 医学者、元文部大臣 | 青酸カリ | 63歳 | 1945年9月14日 | 第2次・第3次近衛内閣・東條内閣で文部大臣 |
小泉親彦 | 軍医総監 | 軍人、陸軍自刃/切腹 | 61歳 | 1945年9月13日 | 第3次近衛内閣・東條内閣で厚生大臣 |
杉山元 | 陸軍大将 | 軍人、拳銃 | 65歳 | 1945年9月12日 | 大戦期の指導部で陸軍大臣、参謀総長など要職を歴任。夫自決の報を聞いた妻啓子も後を追って自決した。 |
三浦襄 | 実業家 | 拳銃 | 57歳 | 1945年9月7日 | 大東亜戦争の大義を信じインドネシアの独立のために活動した実業家。日本の敗戦によってバリ島の人々との約束を果たせなくなったため、彼らに詫び、「日本人皆の責任を負って」自決した。 |
倉場富三郎 | 実業家、水産学者 | 首吊り | 74歳 | 1945年8月26日 | トーマス・グラバーの息子 |
田中静壱 | 陸軍大将 | 軍人、拳銃 | 57歳 | 1945年8月24日 | |
甘粕正彦 | 満映理事長 元陸軍憲兵大尉 |
軍人、青酸カリ | 54歳 | 1945年8月20日 | |
蓮田善明 | 文芸評論家、軍人 | 拳銃 | 41歳 | 1945年8月19日 | 三島由紀夫の思想形成に大きな影響を与えた人物 |
晴気誠 | 大本営参謀 |
軍人、陸軍少佐自刃/切腹 | 32歳 | 1945年8月17日 | |
大西瀧治郎 | 海軍中将 | 軍人、自刃/切腹 | 54歳 | 1945年8月16日 | 特攻の父と呼ばれた軍人。手当てを拒否し、介錯を付けずに割腹、15時間余り苦しんで死んだという。 |
寺本熊市 | 陸軍中将 | 軍人、自刃/切腹 | 56歳 | 1945年8月15日 | |
阿南惟幾 | 陸軍大将 | 軍人、自刃/切腹 | 58歳 | 1945年8月15日 | 鈴木貫太郎内閣で陸軍大臣だった時に終戦を迎え、自決。内閣制度発足以来、現職閣僚として自殺した最初の人物となった(2人目はその62年後の松岡利勝)。 |
古賀秀正 | 軍人、陸軍少佐 | 自刃/切腹 | 26歳 | 1945年8月15日 | 玉音放送直前に発生したクーデター未遂事件(宮城事件)の首謀者の一人。割腹の上、口内に拳銃を用いた。 |
椎崎二郎 | 軍人、陸軍中佐 | 自刃/切腹 | 33歳 | 1945年8月15日 | 玉音放送直前に発生したクーデター未遂事件(宮城事件)の首謀者の一人。畑中健二と共に皇居前で自決。割腹の上、頭部に拳銃を用いた。 |
畑中健二 | 軍人、陸軍少佐 | 拳銃 | 33歳 | 1945年8月15日 | 玉音放送直前に発生したクーデター未遂事件(宮城事件)の首謀者の一人。椎崎二郎と共に皇居前で自決。 |
牛島満 | 陸軍中将 | 軍人、自刃/切腹 | 57歳 | 1945年6月23日 | 沖縄守備軍司令官。参謀長長勇中将らと共に自決、これをもって沖縄戦は終結した。 |
大田実 | 海軍少将 | 軍人、拳銃 | 54歳 | 1945年6月13日 | 沖縄戦の指揮官の一人で、根拠地隊司令官。自決直前の打電には「沖縄県民かく戦へり 県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」と。全文と現代語訳は大田実#海軍次官宛の電報参照。 |
水上源蔵 | 陸軍少将 | 軍人、拳銃 | 55歳 | 1944年8月4日 | ミイトキーナの戦いにおいて、残存将兵らの命を救うため、玉砕命令に背いて撤退命令を発する。部下らの脱出を見届けた後、ひとり陣地に留まり、命令違反の責任を取って拳銃自決した。[68][69][70] |
中野正剛 | 右翼政治家 | 自刃/切腹 | 57歳 | 1943年10月26日 | ジャーナリスト出身の右翼運動家、政治家。東方会総裁。 |
菅源三郎 | 船長 | 自刃/切腹 | 60歳 | 1942年5月20日 | 1942年5月17日に発生した長崎丸沈没事故において船長として責任を取って自殺。 |
関屋敏子 | 声楽家、作曲家 | 睡眠薬 | 37歳 | 1941年11月23日 | |
西川吉之助 | 教育者 | 67歳* | 1940年7月18日 | ろう教育において口話法教育の普及を推進した教育者。病苦により自殺。 | |
林忠次郎 | 臼井霊気療法師範 | 自刃/切腹 | 62歳* | 1940年5月11日 | 臼井霊気療法の創始者臼井甕男から霊気療法の施術を伝授されたうちの一人で、霊気療法を西洋社会に紹介した高田ハワヨに施術技術を伝授した人物。戦時下、予備役将校として軍への復帰を求められていたが、戦争への加担を是とせず自決。 |
江口きち | 歌人 | 服毒 | 25歳 | 1938年12月2日 | 兄と共に服毒 |
太田収 | 会社社長 | 青酸カリ | 48歳 | 1938年5月28日 | 山一證券社長 |
都井睦雄 | 津山事件の犯人 | 猟銃 | 21歳 | 1938年5月21日 | 前代未聞の大量殺戮事件を起こしたあと、当日に自殺。 |
並河成資 | 育種家 | 41歳 | 1937年10月14日 | コシヒカリの原種「農林一号」を育成した人物 | |
堤正之 | 軍人、海軍少佐 | 拳銃 | 33歳 | 1936年6月17日 | 遺書を残さず自決したが、二・二六事件に何らかの関わりがあったとされる。 |
牧野信一 | 作家 | 首吊り | 39歳 | 1936年3月24日 | |
河野寿 | 軍人、陸軍大尉 | 自刃/切腹 | 28歳 | 1936年3月6日 | 二・二六事件で牧野伸顕を襲撃した部隊の指揮官。牧野殺害を果たせず負傷して捕縛され、入院先の病院にて果物ナイフで自刃。 |
野中四郎 | 軍人、陸軍大尉 | 拳銃 | 32歳 | 1936年2月29日 | 二・二六事件で警視庁を襲撃。事件収束の29日、陸相官邸で自決。 |
別所佐吉 | 猟銃 | 73歳* | 1935年10月24日 | 千島列島開拓を試みた千島報效義会の会員の一人。報效義会が解散したのちも最後まで占守島に残った。死後、占守島には「別所翁之碑」が建立されている[71]。 | |
山田長三郎 | 陸軍兵務課長 |
軍人、陸軍大佐自刃/切腹 | 48歳 | 1935年10月5日 | 永田鉄山軍務局長殺害事件(相沢事件)において現場におり、上官を見捨てて逃げたと批判される。事件から2カ月後に自宅にて自決。 |
翠川秋子 | アナウンサー | 心中/入水 | 45歳 | 1935年8月20日 | 日本初の女性アナウンサー。29歳の男性と房総沖にて入水。 |
片多徳郎 | 画家 | 首吊り | 44歳 | 1934年4月28日 | |
佐藤次郎 | テニス選手 | 入水 | 26歳 | 1934年4月5日 | デビスカップ欧州遠征からの帰途、マラッカ海峡にて投身。 |
高倉徳太郎 | 牧師、神学者 | 首吊り | 48歳 | 1934年4月3日 | 植村正久の後継者。牧会に悩み自殺。 |
岩倉靖子 | 華族、岩倉具視の曾孫 | 自刃/頸部 | 20歳 | 1933年12月21日 | 昭和8年の華族赤化事件で検挙され、釈放されたのち自害。 |
勝精 | 華族、実業家 | 心中/睡眠薬 | 43歳 | 1932年7月11日 | 徳川慶喜の十男。妾宅にてカルモチンによる心中。 |
空閑昇 | 軍人、陸軍少佐 | 拳銃 | 44歳 | 1932年3月28日 | 上海事変において中国国民党軍の捕虜となった大隊長。捕虜となったことを恥じ、捕虜交換によって帰還した後、自らの部隊が戦った戦地に戻り割腹の上拳銃自決した[68]。 |
西ノ海 | 力士、横綱 | 元首吊り | 50歳 | 1931年1月27日 | |
高根義人 | 法学者 | 首吊り | 62歳 | 1930年7月14日 | 元京都帝国大学教授。京都法政学校(現在の立命館大学の前身)の講師も勤めた。病気を苦に自殺[72]。 |
草刈英治 | 軍人、海軍少佐 | 自刃/切腹 | 38歳 | 1930年5月20日 | 国際水路会議から帰国後、東京へ向かう東海道線寝台車の車内で割腹[73]。ロンドン海軍軍縮条約を巡る政府上層部の弱腰と統帥権干犯に憤り、財部彪海軍大臣の暗殺を企図したが果たせず、死をもって条約批准に抗議したとも[74]。 |
生田春月 | 詩人 | 入水 | 38歳 | 1930年5月19日 | 神戸を出港し今治を経て別府に向かっていた船から投身[73]。 |
金子みすゞ | 詩人 | 睡眠薬 | 26歳 | 1930年3月10日 | |
江木欣々 | 芸者 | 首吊り | 53歳 | 1930年2月20日 | 大正三美人の一人 |
佐分利貞男 | 外交官) | 官僚(拳銃 | 50歳 | 1929年11月29日 | 駐華公使。中国情勢が雲行き怪しい時期であり、他殺説も囁かれた。 |
羽太鋭治 | 医師、性科学者 | 睡眠薬 | 52歳* | 1929年8月31日 | 前年に脳溢血に倒れた上、薬の開発と著書を巡るトラブルを抱え込んでいた。カルモチン300錠を飲み2日後に死去[75]。 |
渡辺政之輔 | 労働運動家 | 拳銃 | 29歳 | 1928年10月6日 | 非合法時代の共産党書記長。台湾の基隆市にて官憲に包囲され自決、客死。 |
伊勢ノ濱 | 力士、大関 | 元服毒 | 44歳 | 1928年5月17日 | 大量の酒と猫いらずを飲み自殺 |
和田久太郎 | 福田雅太郎狙撃犯 | 首吊り | 35歳 | 1928年2月20日 | 無期懲役での服役中に秋田刑務所で首吊り |
水城圭次 | 軍人、海軍大佐 | 自刃/頸部 | 44歳 | 1927年12月26日 | 美保関事件時の軽巡洋艦「神通」艦長。軍法会議判決前日、事故の責任を一身に負い自宅にて自決。 |
芥川龍之介 | 作家 | 睡眠薬 | 35歳 | 1927年7月24日 | |
池田政佑 | 軍人、陸軍少佐 | 拳銃 | 43歳 | 1926年12月30日 | 大正天皇崩御の5日後に殉死 |
岩淵熊次郎 | 鬼熊事件の犯人 | 自刃/頸部 | 35歳* | 1926年9月30日 | |
森丑之助 | 人類学者 | 入水 | 49歳 | 1926年7月4日 | 台湾先住民の研究者。台湾博物館主事[76]。関東大震災による研究資料・未刊原稿の焼失を悲観していたとも言われるが確証はないという[77]。 |
久野久 | ピアニスト | 飛び降り | 40歳* | 1925年4月20日 | 日本初のピアニスト。ウィーンにて客死。事故説あり。 |
有島武郎 | 作家 | 心中/首吊り | 45歳 | 1923年6月9日 | 不倫関係にあった波多野秋子と共に軽井沢の別荘で首吊り。7月7日に発見される。決行から1カ月経過していたため、2人の遺体には壮絶な量の蛆が湧いていたという。 |
朝日平吾 | 安田善次郎殺害犯 | 自刃/頸部 | 31歳 | 1921年9月28日 | 安田善次郎を刺殺した後、その場で自刃。 |
佐野友三郎 | 図書館学者、教育者 | 首吊り | 56歳 | 1920年5月13日 | 日本における近代図書館の黎明期を支えた人物。 |
松井須磨子 | 女優 | 首吊り | 32歳 | 1919年1月5日 | 島村抱月の後を追い、2カ月後に自殺。 |
岩本栄之助 | 実業家、株式仲買人 | 拳銃 | 39歳 | 1916年10月27日 | 大阪の中之島公会堂を建設した人物 |
高木顕明 | 僧侶、大逆事件被告 | 首吊り | 50歳 | 1914年6月24日 | 無期懲役の服役中に秋田刑務所にて首吊り |
関寛斎 | 医師(蘭方医) | 服毒 | 82歳 | 1912年10月15日 | |
乃木希典 | 陸軍大将 | 軍人、自刃/切腹 | 62歳 | 1912年9月13日 | 明治天皇の大葬が終わった夜、妻静子と共に殉死。 |
乃木静子 | 乃木希典の妻 | 軍人自刃/胸部 | 52歳 | 1912年9月13日 | 夫と共に殉死。 |
御船千鶴子 | 千里眼騒動の超能力者 | 服毒 | 24歳 | 1911年1月18日 | 重クロム酸カリウムによる服毒自殺 |
長野政雄 | 鉄道院職員 | 鉄道 | 30歳 | 1909年2月28日 | 暴走した客車の前に飛び込んで乗客の命を救った。後に三浦綾子の小説塩狩峠の主人公、永野信夫のモデルとなった。 |
得能関四郎 | 剣術家、警察官 | 自刃/咽喉部 | 66歳 | 1908年7月17日 | 直心影流の剣客、大日本武徳会範士。病気を苦にしての自殺といわれる。 |
川上眉山 | 作家 | 自刃/頸部 | 39歳 | 1908年6月15日 | |
藤村操 | 学生 | 飛び降り | 16歳 | 1903年5月22日 | 華厳滝に投身。大きく報じられ、以来、華厳滝は自殺の名所となった。 |
森川清治郎 | 警察官 | 拳銃 | 42歳* | 1902年4月7日 | 日清戦争直後の台湾に勤務した警察官。任務のかたわら教育の普及・環境衛生の改善に尽力し現地の人々にも慕われたという[78]。新たに定められた漁業税に関し台湾総督府に免減を訴えるも訓戒処分を受け、失意のうちに自決した[78][79]。 |
久米由太郎 | 尋常上田女子小校長 | 自刃/切腹 | 46歳 | 1898年3月30日 | 作家久米正雄の父で尋常高等小学校校長。明治31年3月27日[80]に発生した校舎の火災により明治天皇の御真影を焼失、その責任を取って自刃した[81][82]。息子の久米正雄は当時数え7歳、のちに短編『父の死』を著している。 |
藤野古白 | 俳人、劇作家 | 拳銃 | 23歳 | 1895年4月12日 | 正岡子規の従弟[83] |
北村透谷 | 詩人 | 首吊り | 25歳 | 1894年5月16日 | |
佐々木荘助 | 実業家 | 拳銃 | 58歳* | 1892年4月27日 | 陸運元会社(現在の日本通運)の創業者の一人。逓信元請業務を一般入札により失い、また不祥事が重なり株価が暴落し総会が目前に迫っていた。 |
加藤直矢 | 治水家 | 自刃 | 42歳 | 1892年2月13日 | 赤川の治水事業に尽力した。竣工の翌年に自刃[84]。 |
畠山勇子 | 自刃/頸部 | 25歳 | 1891年5月20日 | ロシア皇太子ニコライ暗殺未遂事件(大津事件)に際し、多くの国民が大国ロシアの報復を恐れる中、死をもってロシア皇太子に謝罪するために自刃した女性。その行いはその後国家主義者らによって祭り上げられ、憂国の烈女と呼ばれた。 | |
唐人お吉 | 芸者 | 入水 | 49歳 | 1891年3月25日 | |
来島恒喜 | 右翼活動家 | 自刃/咽喉部 | 29歳 | 1889年10月18日 | 政治結社玄洋社社員で、大隈重信外務大臣襲撃事件の実行犯。爆裂弾による暗殺を狙ったが果たせず、その場で自決。大隈は右足切断の重傷を負った。 |
山本竹雲 | 篆刻家 | 入水 | 69歳 | 1888年4月27日 | 京都東山の稚児ヶ池にて入水。茶人としても知られた人物で、入水した池の畔には丁寧にたたまれた羽織と揃えられた下駄、そして茶道具が並べられていた。 |
箱田六輔 | 自由民権運動運動家 | 自刃/切腹 | 37歳 | 1888年1月19日 | 政治結社玄洋社の指導者の一人 |
玉乃世履 | 裁判官、初代大審院長 | 60歳 | 1886年8月8日 | その公正な裁きから「明治の大岡」と呼ばれた人物。 | |
川上冬崖 | 画家 | 首吊り | 52歳 | 1881年5月3日 | 清国公使館への地図漏洩疑惑(地図密売事件)に巻き込まれ、熱海にて客死。詳細不明。 |
井上良一 | 法学者 | 入水 | 28歳 | 1879年1月29日 | 日本人初の東京大学法学部教授。鬱状態で井戸に飛び込み自殺。 |
近代以前
ここでは近代以前の人物、具体的には幕末の動乱期より以前の人物について一覧する。なお、近世における処刑の一様式としての切腹、賜死といった例については収載していない。
- 凡例
- 没年齢は満年齢ではなく数え年で統一した(正確な生年月日が不明の者が多いため。没年月日は太陽暦に換算した日付である)。
- 補足欄が† グレーになっている人物は、戦乱において自害した人物である。補足欄のソートボタンで年代順に再配列される。
その自殺に強い疑義のある者
ここでは、自殺とされているが強い疑義のある者、またその疑義が広く知られている者について一覧する。
名前 | 職業/肩書き/地位 | 手段 | 没年齢 | 没年月日 | 備考/補足/関連 |
---|---|---|---|---|---|
黒木昭雄 | ジャーナリスト 元警察官 |
練炭 | 52歳 | 2010年11月2日** | 遺体発見当日のテレビ・新聞等では自殺と報じられ[86][87][88]、千葉県警市原署も自殺と断定したが[89]、その後、かねてより黒木が追跡していた岩手17歳女性殺害事件をめぐって何者かに消された可能性も、と報じられた[89][90][91]。その一方で、黒木の親族は黒木の死を自殺と断定する声明をウェブ上で発表している[92]。詳細は黒木昭雄を参照。 |
三浦和義 | 実業家、ロス疑惑 | 首吊り | 61歳 | 2008年10月10日 | 旅行先のサイパンで米当局に逮捕され、その後ロサンゼルスに移送。到着した当日、留置所内で首を吊って死亡したとされる。その後三浦の弁護人が「検死の結果自殺ではなく他殺だった」と発表したが、真相は不明のまま。詳細は三浦和義#死亡を参照。 |
野口英昭 | 会社役員 | 自刃 | 38歳 | 2006年1月18日 | HS証券の副社長でライブドアの元役員。死の状況に多くの疑義があり、真相は不明のまま。ライブドア事件および各種資料[93][94][95][96]も参照。 |
hide | ミュージシャン | 首吊り | 33歳 | 1998年5月2日 | X JAPANのギタリスト。自宅寝室のドアノブにタオルを掛けて首を吊っている状態で発見された。警察は状況証拠から自殺と断定したが、その後の関係者の証言などから不慮の事故ではないかとみなされている。詳細はhide#急逝を参照。 |
伊丹十三 | 俳優、映画監督 | 飛び降り | 64歳 | 1997年12月20日 | 週刊誌の不倫疑惑程度で自殺するのはあまりにも不自然で、当時準備していた次回作の内容に絡み、暗殺されたのではないか、などと取り沙汰された。真相不明。詳細は伊丹十三#突然の死参照。 |
中川一郎 | 政治家、現職衆院議員 | 首吊り | 57歳 | 1983年1月9日 | 元農林水産大臣で自民党中川派領袖。中川昭一の父。死の状況に疑義があり、根強い他殺説あり。詳細は中川一郎#自殺説と他殺説を参照。 |
下山定則 | 国鉄総裁) | 官僚(鉄道 | 47歳 | 1949年7月6日** | 出勤途中に失踪、翌日轢死体となって発見された。他殺とも言われるが捜査が打ち切られ迷宮入り。今もって真相不明。詳細は下山事件を参照。 |
脚注
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- ^ “イエローキャブ社長が自殺か 事務所トイレで首つり”. 産経新聞. (2012年6月29日) 2012年6月29日閲覧。
- ^ “イエローキャブ社長急死 58歳”. 日刊スポーツ. (2012年6月29日) 2012年6月29日閲覧。
- ^ “塚越元アナウンサー、自殺か”. 産経新聞. (2012年6月27日) 2012年6月27日閲覧。
- ^ “「夫が暴れている」 千葉・横芝光町長が自殺か 川の中で首から出血”. 産経新聞. (2012年2月6日) 2012年2月6日閲覧。
- ^ a b “斉藤・横芝光町長死去:突然の死に衝撃 職員「まじめ、信頼していた」”. 毎日新聞. (2012年2月7日) 2012年2月7日閲覧。
- ^ a b “横芝光町長:死亡…自ら首を切り入水か 千葉”. 毎日新聞. (2012年2月6日) 2012年2月7日閲覧。
- ^ “小島貞博調教師、首つりか 栗東トレセン内で発見”. スポニチAnnex. (2012年1月24日) 2012年1月27日閲覧。
- ^ “小島貞調教師、自殺の真相…プレッシャーと経済的苦境”. 週刊Gallop. (2012年1月24日) 2012年1月27日閲覧。
- ^ “競馬:調教師で元騎手の小島貞博さん死亡 自殺か”. 毎日新聞. (2012年1月24日) 2011年1月24日閲覧。
- ^ “長瀬弘樹さん自殺か…中島美嘉さんらの歌作曲”. 読売新聞. (2012年1月7日) 2011年1月10日閲覧。
- ^ a b “作詞家の松本礼児さん、自宅で自殺か 全身やけどで死亡、妻がうめき声に気づく”. 産経新聞. (2011年12月19日) 2011年12月21日閲覧。
- ^ “焼身自殺か…作詞家・松本礼児さん死亡 アイドルに歌詞 作詩大賞で受賞”. スポニチAnnex. (2011年12月19日) 2011年12月21日閲覧。
- ^ a b “「よいこの黙示録」漫画家の青山景さんが首つり死亡 ツイッターに自殺ほのめかす”. 産経新聞. (2011年10月12日) 2011年10月12日閲覧。
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- ^ “自民都議が自宅で自殺か”. 日経新聞. (2011年7月1日) 2011年7月2日閲覧。
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- ^ “山本県議が急死”. 朝日新聞. (2011年6月27日) 2011年6月27日閲覧。
- ^ “元高知県議長が転落死=自殺の可能性-県警”. 時事通信. (2011年6月26日) 2011年6月27日閲覧。
- ^ “リポーター奥山英志さんと確認、公園で自殺か”. 読売新聞. (2011年12月12日) 2011年12月14日閲覧。
- ^ “小室中島村長が死去”. 福島民報. (2010年8月4日) 2010年8月5日閲覧。
- ^ “時計寄贈の過去も…小室哲哉の遠縁村長自殺か”. Sponichi Annex. (2010年8月5日) 2010年8月5日閲覧。音楽プロデューサー小室哲哉は遠縁にあたる(小室哲哉の祖父と小室村長の父が従兄弟同士)
- ^ “日テレ衝撃 病気に耐えきれず…大杉君枝アナ自殺背景”. ZAKZAK/夕刊フジ. (2007年2月3日) 2011年7月29日閲覧。
- ^ “坂田・岐阜県副知事が自殺 入院先の病室で”. 47NEWS/共同通信. (2003年7月27日) 2011年6月25日閲覧。
- ^ 聖嶽洞穴遺跡問題について / 2004年12月1日発行 会報No.153,p.8掲載 - 週刊文春が掲載した謝罪文の全文が参照可能(日本考古学協会)
- ^ 捏造証明できず 聖嶽洞穴遺跡で考古学協会 - 共同通信 (2003年10月25日) 2010-02-26 閲覧
- ^ 福岡高等裁判所 2004年(平成16年)2月23日 謝罪広告等請求控訴事件 平成15(ネ)534 - 福岡高裁での判決主文。週刊文春はこの判決を不服とし上告したが、最高裁はこれを棄却し週刊文春の敗訴が確定した
- ^ 週刊文春謝罪広告 - 判決文全文と詳細
- ^ 黒木昭雄 (2000年3月10日). “特集 京都事件現場リポートファイル (log18/25)”. 2010年8月5日閲覧。
当初警察は、「犯人は13階から飛び降りた」と発表していた。しかしその後の警察発表では「屋上から飛び降りた」に変更された。元警察官でジャーナリストの黒木昭雄は、警察発表に辻褄の合わない点があることを指摘し、犯人自殺に疑義を呈している。 - ^ ZAKZAK 新潮45 2002年9月号
- ^ 参議院会議録 第145国会 予算委員会 - 1999年3月3日。自民党の矢野哲朗議員による質問、および有馬朗人文相と小渕恵三首相の答弁。
- ^ 夫の亡骸は床に降ろされた状態で発見された。司法警察は、夫の自殺を発見した妻が彼を床に降ろし、そのあと自らも命を絶ったと推定した[1]
- ^ コトバンク 仲吉良新
- ^ JANJAN 永田町ローバー(14)山崎拓氏が向かい合う歴史
- ^ 西日本新聞 岐路・役人たちの水俣病<7>苦悩 良心と職責のはざまで
- ^ http://www.gallery-shimada.com/diary0204.html
- ^ 実話ナックルズ2004年5月号 - 苫米地英人へのインタビュー記事
- ^ 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和61年・上)
- ^ 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和58年・上)
- ^ a b 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和54年・下)
- ^ 参議院会議録 第87回国会 決算委員会 - 1979年2月。社民連の秦豊議員による質問。
- ^ 衆議院会議録 第90回国会 決算委員会 - 1979年12月。共産党の庄司幸助議員による質問。
- ^ コトバンク 村上知行
- ^ 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和51年・上)
- ^ 船本洲治 遺書
- ^ 船本洲治遺稿集『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、ASIN B000J6PEFQ
- ^ 松戸よみうり新聞 私の昭和史
- ^ 日本の娯楽史 昭和の娯楽 50年(1975年)
- ^ 山村政明遺稿集『いのち燃えつきるとも』大和書房、1971年、ASIN B000J9HKWS
- ^ 南アルプス市立春仙美術館 名取春仙 年譜
- ^ 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和27年・下)
- ^ a b 札幌南高13期東京同期会 (2007年1月24日). “小説「阿寒に果つ」のヒロインは同期生の姉”. 2011年8月2日閲覧。(「月刊さっぽろ」昭和46年8月号)
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- ^ a b 自殺データベース (2) 昭和前期の自殺 (1826-1969)
- ^ インパール作戦 ひとり自決した水上少将(特定非営利活動法人アジア地域戦没者慰霊協会)
- ^ JANJAN 平成の時代と人命、憲法と愛国心と捕虜
- ^ 明治の探検家 郡司成忠 - 記念碑・墓碑
- ^ コトバンク 高根義人
- ^ a b 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和5年4~6月)
- ^ 半藤一利『聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎』PHP文庫、2006年。ISBN 9784569666686、p159{{ISBN2}}のパラメータエラー: 無効なISBNです。。
- ^ 誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和4年7~9月)
- ^ コトバンク/森丑之助
- ^ 笠原政治 (横浜国立大学) (2002年3月). “文化人類学の先駆者・森丑之助の研究”. 2011年12月22日閲覧。
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- ^ コトバンク 久米由太郎
- ^ 自殺データベース (1) 明治・大正期の自殺 (1868-1925)
- ^ 早稲田大学 早稲田と文学(藤野古白)
- ^ 日本掃苔録 - 加藤直矢
- ^ 最上義光歴史館 - 2009-12-14閲覧
- ^ “元警察官ジャーナリスト、黒木昭雄さん練炭自殺か”. MSN産経ニュース. (2010年11月2日) 2010年11月9日閲覧。
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- ^ “ジャーナリスト黒木さん、自殺か=車内に練炭、家族が発見-千葉”. 時事通信. (2010年11月2日) 2010年11月9日閲覧。
- ^ a b “ジャーナリスト黒木氏自殺に不審な影「消された可能性も」”. MSN産経ニュース. (2010年11月8日) 2010年11月9日閲覧。
- ^ “変死警察ジャーナリストに何があったのか 追及していた女性殺害事件との関連性は”. J-CASTニュース. (2010年11月4日) 2010年11月9日閲覧。
- ^ “警察ジャーナリスト・黒木昭雄氏死亡への不審と、ネットで流れる様々な憶測”. リアルライブ. (2010年11月4日) 2010年11月9日閲覧。
- ^ “黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」 - 読者の皆様へ” (2010年11月17日). 2011年8月22日閲覧。
- ^ 衆議院会議録 第164回国会 予算委員会 - 2006年2月7日。民主党の細川律夫議員による質問
- ^ 衆議院会議録 第164回国会 予算委員会第一分科会 - 2006年3月1日。民主党の原口一博議員による質問
- ^ 衆議院会議録 第164回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 - 2006年6月9日。民主党の市村浩一郎議員の発言
- ^ 週刊文春2006年2月2日号 p24 - p29
関連項目
- 自殺した有名人の一覧 - 日本以外の人物の一覧。
- 自殺の名所 - 自殺が多発する特定の場所や景勝地、およびその小規模な一覧。
- 辞世 - 辞世の句。および著名な辞世の句の一覧。
- ウェルテル効果 - 著名な人物の自殺のあと、後を追うように自殺が連鎖していく現象。
- 国の自殺率順リスト - 世界保健機構(WHO)による国別・男女別の統計。
- 自殺を予防する自殺事例報道のあり方 - 世界保健機構(WHO)による勧告。