兵役逃れ
兵役逃れ(へいえきのがれ)とは、各国の法律による兵役(徴兵制度)から逃れる行為で、一般に兵役に初めから参加しないで済ませる行為を指す。徴兵忌避(ちょうへいきひ)ともいう。
人を殺傷すべきでないという道徳にもとづいて公然と兵役を拒むのは、良心的兵役拒否という。兵役逃れとは違うが、国と時代によってはこれも兵役逃れの一種として扱われる。
概要
入隊中に兵役から逃れる人々は「脱走兵」と呼ばれ、戦闘中に部隊から許可なく離脱すると逃亡兵となる。個人で行われる場合は、入隊時に必要な徴兵検査を利用して行われることが多い。
近代では戦前に法制として徴兵令が制定された。兵役法によれば、兵役を免れるために逃亡し、または身体を毀傷し、詐病、その他詐りの行為をなす者は3年以下の懲役に処せられる。現役兵として入営すべき者が正当の事由なく入営の期日に後れ10日を過ぎた場合は6月以下の禁錮に処せられる。戦時の場合は5日を過ぎた場合に1年以下の禁錮に処せられ、正当の事由なく徴兵検査を受けない者は100円以下の罰金に処せられる(74条以下)と規定されていた。
第二次世界大戦中、理工系の旧制大学・旧制専門学校の所属によって兵役が免除されたため、進路を理工系にとるものが発生した[1]。 また、政治的有力者の子弟などはさまざまな手段で兵役を逃れるものもあり、国会議員の息子の鶴見俊輔のように、軍属となることで兵役を逃れ、前線に比べ安全な内地にとどまるものもいた。
徴兵検査の診察を行うのは基本的には軍医であり、軍医学校では兵役逃れや志願者の匿病対策として陸軍身体検査規則が用意されていた。しかし戦局の悪化により経験の浅い新人や臨時招集された民間医が担当するようになると誤診が多くなった。鶴見俊輔は結核にもかかわらず何故か徴兵検査に合格したので軍属になって逃れるしかなかったが、三島由紀夫は入営検査の時(徴兵検査は合格していた)に風邪による気管支炎を肺浸潤と誤診され即日帰郷となった[2]。
兵役逃れは、親などが措置を講ずる例も多かった。西田幾多郎の父は、明治元年生まれの長男が兵役免除になるという当時の徴兵令の規定から、明治3年生まれの幾多郎を明治元年生まれと偽って届け出て幾多郎の兵役を免れさせている。[3]また、東京生まれの夏目漱石は、兵役免除の期限切れ直前の明治25年4月5日に、一部地域を除いて徴兵令が施行されていなかった北海道の縁もゆかりもない後志国岩内郡岩内町に戸籍を移しており、これについて、丸谷才一は漱石の意思による徴兵逃れとするが、蒲生欣一郎は家族の意向が主で、漱石の兵役逃れの意思は従ではないかとしている。[3]
日本以外では、韓国においては、男性タレントやスポーツ選手・政治的有力者の子弟などが「身体的な不都合」などを捏造し、兵役逃れを行っていることが社会的な問題となったことがある。全てが兵役逃れの結果ではないが、2014年に行われた韓国統一地方選挙の立候補者のうち11%が、市長、道知事候補に限れば22%が兵役未了者であった[4]。 またアドルフ・ヒトラーは第一次世界大戦前に母国であるオーストリア=ハンガリー帝国軍からの兵役をドイツ国内で逃れたのち、ドイツ帝国陸軍に志願入隊した。ベトナム戦争では徴兵制度のあったアメリカやオーストラリアで特に反戦運動の高まりに伴って行なわれた。
手段
兵役逃れの方法として、以下のような方法がある。
心身を自ら害し、または害しているように見せかけ、不合格となる手法
- 尿検査で尿をすりかえ、異常があるように見せかける。
- 薬を飲んで、血圧を一時的に上昇させる、代謝障害を装うなど「病気を捏造」する。
- わざと骨折する、手足を切断するなどの自傷行為を行う[5]。
- 視力検査で「見えない」と嘘をつく(現在はあまり行われない)。
- 聴力検査で「聞こえない」と嘘をつく(現在はあまり行われない)。
- 精神障害を装う。
制度の不備や抜け穴を利用する方法
- 国家主権(警察・司法)の手の届かない、海外などに逃亡する。
- 外国人と結婚して相手の国に帰化するなど、自国の国籍を放棄する。
- 海外出産などによって二重国籍を保持している者は、頃合を見計らって徴兵義務のない国籍に切り替える。
- 免除規定を活用して、兵役対象外になる。国情によってさまざまだが、以下に例を挙げる。
非合法な手段を用いる方法
備考
脚注
- ^ 学徒出陣で対象となったのは主に文科系の学生である。
- ^ 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
- ^ a b 蒲生欣一郎『鏡花文学新論』(山手書房、1976年)
- ^ “韓国・統一地方選「候補者の4割が前歴者」の衝撃…「有権者の自尊心は?」”. 産経新聞. (2014年6月2日) 2014年6月4日閲覧。
- ^ “兵役逃れ”目的にサッカー選手92人が自ら肩脱臼
- ^ 山口博 『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』 角川ソフィア文庫 2015年 p.189.
関連作品
- 白居易『新豊折臂翁』(新豊の臂を折りし翁) - 唐代に雲南遠征の兵役を逃れるため自らの腕を折った老人の述懐を歌う。
- 『日本霊異記』中巻三条には、防人に徴用された武蔵国の吉志大麻呂が、郷里の妻への慕情にこらえ切れず、同行していた母を九州にて殺し、その喪に服するのを理由に郷里へ帰ろうと計り、身を滅ぼす話がある(喪に服すことで里へ帰れるという決まりを逆手にとったものである)。
- 『笹まくら』 - 丸谷才一が1966年に発表した長編小説。