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SM (性風俗)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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Template:成人向け SM(エス・エム)とは、サディズムおよびマゾヒズム的な性的嗜好に基づいて行われる倒錯的プレイ全般、ないし同プレイを含む文化様式(サブカルチャー)群の総称である。一般にはサディズムとマゾヒズムが独立した性的嗜好であるように見られる傾向もあるが、実質的にはコインのように表裏一体のものであるケースも少なからず報告されており、また人格否定的な側面があるという誤解も根強いものの、プレイの一環として実情は人道に反するような性質は無い。

なおSMは、サディズム(Sadism)と マゾヒズム(Masochism)の頭文字を合わせた頭字語である。またプレイの一環で支配・被支配という役割を演じる傾向から、支配する側の人を「トップ」、「S」、または「主人」と呼ぶことがある。服従する側の人を「ボトム」、「M」、または「奴隷」と呼ぶことがある。SMは、Sadomasochismとも呼ばれる。

概要

精神医学面での「性的サディズム」などでは、性的興奮を得るために(相手の意向にお構いなく)一方的に何かを虐待するという性格異常を発揮し、一方の「性的マゾヒズム」では辱めを受けたり自らの肉体を損傷する(自傷行為)ことで性的興奮を得るとされる。ただこれらは、性的倒錯(パラフィリア)と呼ばれる精神障害であり、性風俗における所謂「SM」からすらも逸脱した存在で、別のものである。

性風俗性の文化としてのSMの場合は、一種の倒錯プレイ(何かの役割を演じることで性的興奮を得る様式)として行われるものが主となっており、これは「抑圧の開放」などといった意味付けも見られ、非日常的な行為を体験することと解される。

この中ではボンテージなどといった独特のファッションスタイルも見られ、ことさら非日常性を演出する傾向が見られる。日本では俗に「緊縛」と呼ばれる綱で縛り付ける行為も見られ、この緊縛にも「緊縛師」と呼ばれる専門家が存在するなど独自文化も形成しており、所謂「ソフトSM」と呼ばれる行為では「手を(軽く)縛る」や「目隠しをする」といったプレイも見られ、それを含めると潜在的愛好者層は相当数にのぼると見られている。日本では羞恥プレイや緊縛プレイといったジャンルのポルノ媒体も相当な比率を占め、同愛好者層の幅の広さも伺える。

なお性的サディズムの傾向はドメスティックバイオレンス(DV:配偶者からの暴力)という悲劇的な状況も発生させうるが、所謂性風俗におけるSMでは双方同意のうえで「叩いたり、叩かれたり」といった行為が行われ、また深刻な負傷を発生させないよう抑制された暴力または工夫された擬似的暴力であるといった相違がある。

その一方で、いわゆる「ハードSM」と呼ばれるものでは「鞭打ち」や「ロウソク攻め」、果ては性器ピアスを取り付け乱暴に引っ張る・性器が原形を留めないほどに弄り回される(身体改造の歴史的背景を伴わないものの類)など、内容を見聞きするだけでも怖気が振るうようなプレイの分野もないではない。しかしそういった媒体の多くが性的ファンタジーによる誇張を含んでいる傾向も見られ、実質的にそういった存在は性的サディズムや性的マゾヒズムの無茶な自己探求の末に行き着いた状態である傾向も見出せる。

語源

サディズム
加虐嗜好であるサディズム(Sadism)については、サディズムに関するさまざまな描写をした小説を書いたマルキ・ド・サドが、サディズムの語源とされる。当然サド以前にも、加虐嗜好の人は存在したはずであるが、数々の小説作品(『悪徳の栄え』、『ソドム百二十日』など)を発表しSM行為を実践した彼が由来となった。
マゾヒズム
被虐嗜好であるマゾヒズム(Masochism)は、19世紀のオーストリアの小説家ザッヘル・マゾッホの作品のテーマから彼の名をとって命名されている。

拡大解釈

しばしば性的ファンタジー的な視点も手伝って、所謂「S」や「M」といった俗称もみられる。Sは粗暴な性格や他人に暴力的に接する傾向が、Mは自罰や自己犠牲・悲観的性格と関連付けられる。こういった視点の延長には「S男」ないし「S女」、または「M男」ないし「M女」という表現もあり、S側が性行為に際して積極的かつ活動的(いわゆる「攻め」)、M側は受動的で、ともすれば相手が欲求すれば無条件で応じ易い(いわゆる「受け」)傾向だとみなされる。

ただこれらも、サディズムやマゾヒズムの原義における対象に虐待する側と自身への虐待を希望する側という存在とは別のものであり、こういったステレオタイプにはありがちな問題として、実際には必ずしも全てに合致する訳ではないという部分を含んでいる。

その一方、日本のバラエティ番組などでは(時に「低俗だ」と非難される傾向ではあるが)他人に対して粗暴に振舞うタレントと、無茶な扱いを受けてなお楽しそうに振舞えるタレントとが存在し、その双方を性的なニュアンスを抜きにして「Sタレ」や「Mタレ」といったような区分も見られる。ただ、前者は単に破滅的な性格であったり、あるいは乱暴に振舞うというキャラクターを作っている場合もあろうし、後者はどんなに酷い目に合わされても楽しそうにしなければ一気に干されてしまう(仕事がこなくなる)という悲惨な状況にいるタレントもいれば、そういうキャラクター性で売っているだけに過ぎないことも考えられよう。いずれにしても実生活(こと恋愛や夫婦生活など)で、そういう性的嗜好があるという訳ではない。

行為

主人の役割を演じる者が、奴隷の役割を演じる者を責める方法には、文化的・民族的な趣味嗜好の違いがある。道具や準備が簡単な方法では、主人の役割を演じる者が、奴隷の役割を演じる者を叩いたり、つねったりして肉体的に責める、または罵倒する。むちろうそくロープなどの道具を使って奴隷の役割を演じる者を肉体的に責める方法もあり、この場合は道具を事前に揃えたり、器具を配置するなどの準備が必要である。日本では、古くから伝わる緊縛の技術が、SMの行為によく取り入れられている。SMにおける緊縛とは、奴隷の役割を演じる者の体をロープなどで縛って身動きがとれないようにすることである。

SMの行為を行なうときに、必ずしも裸になる必要はない。コスプレを好む者は、あえて着衣で行う場合もある。

痛い責めのほか、精神的な恥辱を与える責めもある。主人の役割を演じる者が、奴隷の役割を演じる者を罵倒するような言葉によって相手を責めることがある。奴隷の役割を演じる者に、普段なら人前では見せないような、羞恥心を煽る恥ずかしい恰好をさせることがある。奴隷の役割を演じる者に、排泄をさせたり、主人の役割を演じる者が奴隷の役割を演じる者に向けて尿をかけたり、尿を飲ませたりすることがある。第三者に行為の様子を観覧させることがある。

SMの行為において、奴隷の役割を演じる者を調教することが多い。

SMを扱った作品を書く作家

海外の作家ではマルキ・ド・サドが、著名。 数々の小説作品(『悪徳の栄え』、『ソドム百二十日』など)を発表し、またSM行為を実践し投獄されている。

日本においては、推理小説家の江戸川乱歩はいくつかの作品中でSMを描いた。名探偵・明智小五郎の初登場作である『D坂の殺人事件』にもSMプレイについての記述がある。また谷崎潤一郎も『少年』などの作でSMを描いている。またSMの大御所的作家としては『花と蛇』の作者の団鬼六がいる。また画家の伊藤晴雨は数多くの責め絵と呼ばれる春画を残した。

SMを扱った文学作品・映像作品など

当初は小説作品が多い。ただSM小説の多くはアンダーグラウンド(アングラ)作品であり、変名や偽名を用いて発表されることが多く作者不詳のものも多い。その中でもっとも有名な古典は『O嬢の物語』である。

日本では「奇譚クラブ」「あまとりあ」などの専門誌があり、多くの作品が発表されてきた。代表作は前述の団鬼六の『花と蛇』シリーズ、もしくは『家畜人ヤプー』などがあげられる。

映画ではにっかつロマンポルノの1シリーズに団鬼六作品の映画化(『花と蛇』シリーズなど)があり、谷ナオミなどSM映画専門の女優(SMの女王)が生まれた。SMものというジャンル分けもされている。アダルトビデオでは80年代に発売された菊池エリの『シスターL』シリーズが有名。また黒木香の『SMっぽいの好き』も知名度は高い。

アダルトゲームではSM専門ソフトハウスと自称したPILの『SEEK』が本格調教シミュレーションゲームの代表格である。その後もSM調教シミュレーションゲームは複数発売されたが、現在では衰退している。

アダルトコミックではSMに用いられるアイテムが良い小道具となることから、非常に多くの作品がSM的な要素を取り入れている。そのため膨大な数があると同時に、SMごっこの域を出ないものも少なくない。著名な漫画家で言えば『家畜人ヤプー』のコミカライズを石ノ森章太郎(シュガー佐藤)、江川達也が行なっている。

また、お笑い番組でのコントやギャグアニメのネタのモチーフとしてもSMが使われる。

SMの行為をサービスとして提供する性風俗店

金銭対価を得て客のSMに関する要求に応じる性風俗店(SMクラブ)が存在する。SMの専門雑誌にはSMクラブが紹介されている。SMクラブに勤める女性には、常にSの役割をする女王様と、常にMの役割をするM女性がいることが多い。SMクラブに勤める女性が、客によってSの役割とMの役割の両方を一人で使い分けることもある。本番(性交)は行わないことになっている。

関連項目

外部リンク