「アリババと40人の盗賊」の版間の差分

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[[画像:Ali-BabaCassim.jpg|thumb|200px|『アリババ』<br />[[マックスフィールド・パリッシュ]]画(1909年)]]
{{wikisourcelang|fr|Ali-Baba et les quarante voleurs|アリババと40人の盗賊のアントワーヌ・ガラン版}}
{{wikisourcelang|en|The Book of the Thousand Nights and a Night/Volume 13|アリババと40人の盗賊を含むバートン版13巻}}
『'''アリババと40人の盗賊'''』(アリババと40にんのとうぞく、{{lang-ar|علي بابا}}、{{lang-fa|علی‌بابا}}、{{lang-en|'''Ali Baba and the Forty Thieves'''}})は、イスラム世界に伝わっている物語とされるものの一つである。一般には『[[千夜一夜物語|アラビアンナイト]]』(千夜一夜物語)の中の一編として認識されることが多いが、『アラビアンナイト』の原本には'''収録されていなかった'''(後述「アラビアンナイトとの関係」を参照のこと)。
 
主人公のアリババの「ババ」という言葉は、アラビア語・ペルシャ語で「[[父親|お父さん]]」の意である。
 
== あらすじ ==
== アラビアンナイトとの関係 ==
昔、[[ペルシア|ペルシャ]]の国に、貧乏だが真面目で働き者の'''アリババ'''という男がいた。彼は毎日のように山へ行って[[薪]]を集め、それを[[ロバ]]の背中に乗せて町へ売りに行き、わずかな金を稼いでいた。ある日、アリババがいつものようにロバを連れて近くのへ行き、薪を集めていた時ると、40人の[[盗賊]]たちの一団が奪った[[|財宝]][[洞窟|洞穴]]の中に隠しているのを偶然目撃した。盗賊の頭領が「おいシムシム、お前の門を[[開けろ!ゴマ]]」<ref>前嶋信次の訳による。『アラビアン・ナイト 別巻』アラジンとアリババ、東洋文庫443)p.198,200,213など、[[平凡社]]〈[[平凡社東洋文庫]]〉、1985年3月8日初版第1刷</ref><ref>原典のアラビア語では、「イフタフ(開け)・ヤー(おい)・シムシム(胡麻)」と言う。日本では一般に「開け、胡麻」と訳されていることが多いが、これは英語版に見られる「Open Sesame」からの[[翻訳#重訳|重訳]]である。</ref>(「おいシムシム、お前の門を開けろ!」とも。「シムシム」は[[ゴマ|胡麻]]の意味でアラビア語では <span lang="ar" dir="rtl">سمسم</span>(simsim, スィムスィム)と表記・発音される)という[[呪文]]を唱えると、洞穴の入口をふさぐ岩の扉が開き、盗賊たちが洞穴の中に入ると自動的に岩の扉が閉まる。しばらくすると再び岩の扉が開き、盗賊たちが外に出てた後、扉は再び閉まった<ref>岩の扉を閉じる呪文については、原典には記載が無い。</ref>。その一部始終を木の陰に隠れて見ていたアリババは、盗賊たちが立ち去るのを待って自分も洞穴の中に入り、手近な所に置いてあった[[金貨]]の袋をいくつかロバの背中に乗せて積めるだけ積んで家へ持ち帰った。
この物語の原典・出所については複雑な事情がある。
 
かくして大金持ちになったアリババは、このことを妻以外の者には秘密にしていたが、不運にも元から金持ちの[[]]'''カシム'''に知られてしまった。強欲でねたみ深い性格のカシムは、金貨を手に入れた経緯と洞穴に出入りすの扉を開けるための呪文をアリババから無理やり聞き出し、自分も財宝を狙って洞穴に忍び込んだ。ところが、洞穴の中の財宝に夢中になり過ぎて、アリババから教わった肝心の扉を再び開ける呪文を忘れてしまい、洞穴から出られなくなったところを、戻ってた盗賊たちに見付かり<ref>「すぐに見つかった」とするものと「もう少しで盗賊たちが洞穴から出ていくところまで身を隠していたが、クシャミをして見つかった」とするものとがある。</ref>、カシムは[[バラバラ殺人|バラバラに切り刻まれて惨殺]]されてしまった。
* まず、18世紀初めに[[フランス]]の東洋学者[[アントワーヌ・ガラン|ガラン]]が『千夜一夜物語』の第11巻に入れた("Histoire d'Ali-Baba et de quarante voleurs exterminés par une esclave")ことで世界中に知られたが、『千夜一夜物語』の原本の中にも、独立の写本にしても、アラビア語原典が見つからなかった。[[アントワーヌ・ガラン|ガラン]]は、シリア北部[[アレッポ]]の出身でフランスに滞在していたハンナ・ディヤーブ(Hanna Diab 又は Youhenna Diab)から聞き取り、千夜一夜の翻訳の続きに加えたとしている<ref>[http://books.google.co.jp/books?id=EMKSYqUQ4QcC&pg=PA715&lpg=PA715&dq=%22orphan+tales%22%E3%80%80arabian+nights&source=bl&ots=HnMRyNpHZv&sig=ib0VhVn-Aye5MpvMnM8raObSris&hl=ja&sa=X&ei=fPSuU63lHZL68QXsuYC4Ag&redir_esc=y#v=onepage&q=%22orphan%20tales%22%E3%80%80arabian%20nights&f=false] Ulrich Marzolph: The Arabian Nights Encyclopedia(2004), Volume 1, pp.12-13 , ISBN 9781576072042
</ref><ref>西尾哲夫『アラビアンナイト --- 「物語」に終わりはない』、100分de名著、NHK出版、2013年11月、pp.19-20 ISBN 978-4-14-223032-7 『ガランは「千一夜」物語という以上は物語は千一夜分あるはずだとかたく信じていたので、続きが書かれた写本を必死で探しまわりました。しかし、うまく見つけることができません。困り果てていたところ、シリア北部アレッポの出身でフランスに滞在していたハンナ・ディヤーブという人物と知己になり、彼が故郷の民話にくわしいことがわかりました。そこで彼に写本に入っていないアラビアンナイトのような物語をいろいろ聞き取りし、それを翻訳の続きに加えていきました。このとき聞き取った話の中に、いまのわれわれにおなじみの「アラジン」や「アリババ」「空飛ぶ絨毯」などがありました。』</ref>。
 
カシムがいつまでも帰ってこないのを心配したアリババは、翌日になって洞穴へ向かい、盗賊たちの手でバラバラにされたカシムの死体を発見した。驚いたアリババは、カシムの死体を袋に入れ、ロバの背中に乗せて密かに持ち帰り、カシムの家に仕えていた若くて聡明な女[[イスラームと奴隷制|奴隷]]の'''モルジアナ'''<ref>モルジアナ自体は、元になったアラビア語女性名 مُرْجَانَة(Murjānah ないしは Murjāna, ムルジャーナ)の口語発音(方言発音)「モルジャーナ(Morjāna)」に対するラテン文字(英字などのこと)での当て字「Morjiana」などを日本語のカタカナで表したものである。
* 1908年に至り、ダンカン・B・マクドナルド([[:en:Duncan Black MacDonald]])がオックスフォード大学の[[ボドリアン図書館]]の写本目録の中からアラビア語原典の存在を確認し、1910年に英国王立アジア協会の雑誌にその原文を発表した<ref>ロバート・アーウィン、 西尾哲夫訳 『必携アラビアン・ナイト 物語の迷宮へ』、p.76、 平凡社、1998年1月、ISBN 4-582-30803-1</ref>。これで原典探しは一件落着となったとされた。日本では、この原文は[[前嶋信次]]によって日本語に訳され、1985年、前嶋の死去のあと、平凡社東洋文庫「アラビアン・ナイト」の別巻として出版されている<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.471、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4</ref>。ただし、前嶋は、「果たしてガランが使用したものと同じか否か、両者間に文体の差があって不確かである。またシリア系の説話という説が有力だが、トルコやスラブ系の説話の影響も認められる」としている<ref>前嶋信次(訳)『アラビアン・ナイト 別巻』アラジンとアリババ、東洋文庫443)あとがきにかえて、pp.287-288,[[平凡社]]〈[[平凡社東洋文庫]]〉、1985年3月8日初版第1刷</ref>。
 
『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』のこの登場人物に関しては日本語書籍・記事によってカタカナ表記違いである女性名マルジャーナ(مَرْجَانَة, Marjānah ないしは Marjāna)も用いられているが、上のムルジャーナと同綴の同一語に対する発音違いとなっている。
* ところが、1984年にハーバード大学のアラビア語の教授であったムフシン・マフディー([[:en:Muhsin Mahdi]])が、「千夜一夜物語」の原型といわれるものの復元に成功して、「初期アラビア語原典による千夜一夜物語の書」という、画期的な研究成果を発表し、今まで解明されていなかった多くの問題に光を与えるところとなった<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.469、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4</ref><ref>ロバート・アーウィン、 西尾哲夫訳 『必携アラビアン・ナイト 物語の迷宮へ』、p.79-81、 平凡社、1998年1月、ISBN 4-582-30803-1</ref>。マフディーの写本研究はまた思いがけない発見をしている<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.471、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4</ref>。マクドナルドが発見したアラビア語写本をマフディーが子細に検討した結果、この写本はド・サシー([[:en:Antoine Isaac Silvestre de Sacy|Sylvestre de Sacy]])の門下生で、18世紀の後期に商人となってエジプトに移り住んだジャン・ワルシー(Jean Varsi)というフランス人の筆跡によるもので、ガランの'''フランス語訳から逆にアラビア語に訳し直したもの'''と解明された<ref>Husain Haddawy訳, "The Arabian Nights II: Sinbad and Other Popular Stories (v. 2)", Introduction, p.xiii, W W Norton & Co Inc (September 1995), ISBN 978-0393038156 "Although it is written in a pseudo-grammatical Arabic, with some mistakes and colloquial words, as well as purple patches, verses, and rhyming phrases alien to Galland's verdion, a close examination reveals that it is a modified translation of Galland. It is no more of Arabic origin than its author Jean Varsi, a Frenchman attached to the French mission in Egypt." </ref><ref>ロバート・アーウィン、 西尾哲夫訳 『必携アラビアン・ナイト 物語の迷宮へ』、p.83-84、 平凡社、1998年1月、ISBN 4-582-30803-1</ref><ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.472、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4</ref>。結局、この有名な物語は、「アラビアン・ナイト」の外典として存在していたのか、ガランが創作したのか、何によったのか、出所探しは振り出しに戻ってしまった<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.472、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4</ref>。  
 
カシムがいつまでマルジャーナと読む場合帰って来ないのを心配したアリババは、翌日になって洞穴へ向かい、盗賊たちの手でバラバラにされたカシの[[死体]]を発見した。驚いたアリババは、カシムの死体を袋に入れ、ロバの背中に乗せて密かに持ち帰り、カシムの家に仕えていた若くて聡明な女[[奴隷]]のモルジャー<ref>モルジアナ(マルジャーナの元)という名前読む場合も語義全く変わらず「(小さな真珠意味がある粒)」「(小さな)珊瑚(のかけら)」を表す。かつてアラビアブ・イスラーム世界では奴隷を宝石・珊瑚・真珠・花などの名で呼ぶ風習があった。</ref>と相談の末、遠くの町から仕立屋の老人<ref>ちなみに老人の職業は靴屋であったとする話もある(靴屋も仕立屋と同じく針と糸で物を縫い合わせる作業が得意であるため)。</ref>を呼んで、死体を元通りの形に縫い合わせてもらい、表向きはカシムが病死したことにして、内密に[[葬儀]]をすませた。その後はカシムの家と財産もアリババの物になり、アリババは[[甥|カシムの一人息子]][[養子縁組|養子]]にして、この上もなく恵まれた身分の男になった。
なお、「アリババと40人の盗賊」、「[[アラジンと魔法のランプ]]」のように、アラビア語の原典が見当たらない物語群は「orphan tales」<ref>[http://books.google.co.jp/books?id=5D70AgAAQBAJ&pg=PA30&lpg=PA30&dq=%22orphan+tales%22%E3%80%80arabian+nights&source=bl&ots=v9uFb9XTw6&sig=hGI75Xycuzxugmzm1XoRolAZI5U&hl=ja&sa=X&ei=fPSuU63lHZL68QXsuYC4Ag&redir_esc=y#v=onepage&q=%22orphan%20tales%22%E3%80%80arabian%20nights&f=false] Robert Irwin: The Arabian Nights: A Companion(1994), p.30(下から3行目), ISBN 978-1860649837</ref>と呼ばれている。
 
一方、洞穴の中から金貨の袋と死体が持ち去られたことに気付いた盗賊たちは、死んだ男の他にも仲間がいると考えて、すぐに捜査を始め、死体を縫い合わせた老人を見付けて、情報を聞き出すことに成功した。そして、老人の協力でアリババの家(元・カシムの家)を見付けた盗賊たちは、頭領が20頭のロバを連れた旅の油商人に変装し、ロバの背中に2つずつ積んである油容器の中に39人の手下たちが隠れ<ref>ちなみに、盗賊たちがアリババの家を捜索する際に失敗した2人が頭領に処刑されたとする話もあり、その場合には残りの手下は37人で、頭領が連れていたロバの数は19頭になる。いずれにせよ、1つの容器だけ[[偽装]]のために本物の油が入っていた点は共通している。</ref>、アリババの家に一夜の宿を求めて泊めてもらう作戦で家の中に入り込み、家の人々が寝静まるのを待ってアリババを殺そうと企てたが、庭に運び込まれた油容器の中身が盗賊たちと気付いたモルジアナは、1つだけ本物の油が入っている容器を探し当てると、急いでその油を台所へ運び込み、大鍋に入れて[[沸騰]]させ、煮えたぎった油を全ての容器に注ぎ込んで、中に隠れている盗賊たちを一人残らず殺した。そうとも知らず夜中に寝床から起き上がり、仕事に取りかかるために手下たちを呼ぼうとした頭領は、容器の中をのぞき込んで手下たちの全滅を知ると、驚いて単身アリババの家から逃げ去った。
== あらすじ ==
昔、[[ペルシア|ペルシャ]]の国に、貧乏だが真面目で働き者のアリババという男がいた。彼は毎日のように山へ行って[[薪]]を集め、それを[[ロバ]]の背中に乗せて町へ売りに行き、わずかな金を稼いでいた。ある日、アリババがいつものようにロバを連れて山で薪を集めていた時、40人の[[盗賊]]たちが奪った[[宝|財宝]]を[[洞窟|洞穴]]の中に隠しているのを偶然目撃した。盗賊の頭領が「おいシムシム、お前の門を開けろ!」<ref>前嶋信次の訳による。『アラビアン・ナイト 別巻』アラジンとアリババ、東洋文庫443)p.198,200,213など、[[平凡社]]〈[[平凡社東洋文庫]]〉、1985年3月8日初版第1刷</ref><ref>日本では一般に「開け、胡麻」と訳されていることが多いが、これは英語版に見られる「Open Sesame」からの[[翻訳#重訳|重訳]]である。</ref>(「シムシム」は[[ゴマ|胡麻]]の意味)という[[呪文]]を唱えると、洞穴の入口をふさぐ岩の扉が開き、盗賊たちが洞穴の中に入ると自動的に岩の扉が閉まる。しばらくすると再び岩の扉が開き、盗賊たちが外に出て来た後、扉は再び閉まった<ref>岩の扉を閉じる呪文については、原典には記載が無い。</ref>。その一部始終を木の陰に隠れて見ていたアリババは、盗賊たちが立ち去るのを待って自分も洞穴の中に入り、手近な所に置いてあった[[金貨]]の袋をいくつかロバの背中に乗せて家へ持ち帰った。
 
しばらくの後、盗賊の頭領は偽名を使って今度は宝石商人になりすまし、カシムの息子が経営する商店の近所に住みいて、カシムの息子と親しくなり、アリババの家に客人として招かれた。頭領は服の中に隠し持った短剣でアリババを殺すつもりだったが、またしても客人の正体を見抜いたモルジアナは、余興として客人に舞踊を披露すると言い、彼女も短剣を持って踊りながら隙を見て頭領を刺し殺し、アリババたちに客人の正体を晒した。
かくして大金持ちになったアリババは、このことを妻以外の者には秘密にしていたが、不運にも元から金持ちの[[兄]]・カシムに知られてしまった。強欲でねたみ深い性格のカシムは、金貨を手に入れた経緯と洞穴に出入りするための呪文をアリババから無理やり聞き出し、自分も財宝を狙って洞穴に忍び込んだ。ところが、洞穴の中の財宝に夢中になり過ぎて、アリババから教わった肝心の呪文を忘れてしまい、洞穴から出られなくなったところを、戻って来た盗賊たちに見付かり、カシムは[[バラバラ殺人|バラバラに切り刻まれて惨殺]]されてしまった。
 
かくして40人の盗賊たちは、聡明なモルジアナの機転により全員返り討ちにされた。この功績によって、モルジアナは奴隷の身分から一躍カシムの息子の妻になり、洞穴の中に残っていた莫大な財宝は国中の貧しい人たちに分け与えられて、アリババの家は末永く栄えた。
 
== アラビアンナイトとの関係 ==
この物語の原典・出所については複雑な事情がある。
 
* まず、18世紀初めに[[フランス]]の東洋学者[[アントワーヌ・ガラン|ガラン]]が『千夜一夜物語』の第11巻に入れた("Histoire d'Ali-Baba et de quarante voleurs exterminés par une esclave")ことで世界中に知られたが、『千夜一夜物語』の原本の中にも、独立の写本にしても、アラビア語原典が見つからなかった。[[アントワーヌ・ガラン|ガラン]]は、シリア北部[[アレッポ]]の出身でフランスに滞在していたハンナ・ディヤーブ(Hanna Diab 又は Youhenna Diab)から聞き取り、千夜一夜の翻訳の続きに加えたとしている<ref>[httphttps://books.google.co.jp/books?id=EMKSYqUQ4QcC&pg=PA715&lpg=PA715&dq=%22orphan+tales%22%E3%80%80arabian+nights&source=bl&ots=HnMRyNpHZv&sig=ib0VhVn-Aye5MpvMnM8raObSris&hl=ja&sa=X&ei=fPSuU63lHZL68QXsuYC4Ag&redir_esc=y#v=onepage&q=%22orphan%20tales%22%E3%80%80arabian%20nights&f=false] Ulrich Marzolph: The Arabian Nights Encyclopedia(2004), Volume 1, pp.12-13 , ISBN 9781576072042
カシムがいつまでも帰って来ないのを心配したアリババは、翌日になって洞穴へ向かい、盗賊たちの手でバラバラにされたカシムの[[死体]]を発見した。驚いたアリババは、カシムの死体を袋に入れ、ロバの背中に乗せて密かに持ち帰り、カシムの家に仕えていた若くて聡明な女[[奴隷]]のモルジアナ<ref>モルジアナ(マルジャーナ)という名前は、“小さな真珠”の意味がある。かつてアラビアでは、奴隷を宝石・珊瑚・真珠・花などの名で呼ぶ風習があった。</ref>と相談の末、遠くの町から仕立屋の老人<ref>ちなみに老人の職業は靴屋であったとする話もある(靴屋も仕立屋と同じく針と糸で物を縫い合わせる作業が得意であるため)。</ref>を呼んで、死体を縫い合わせてもらい、表向きはカシムが病死したことにして、内密に[[葬儀]]をすませた。その後はカシムの家と財産もアリババの物になり、アリババは[[甥|カシムの一人息子]]を[[養子縁組|養子]]にして、この上もなく恵まれた身分の男になった。
</ref><ref>西尾哲夫『アラビアンナイト --- 「物語」に終わりはない』、100分de名著、NHK出版、2013年11月、pp.19-20 ISBN 978-4-14-223032-7 『ガランは「千一夜」物語という以上は物語は千一夜分あるはずだとかたく信じていたので、続きが書かれた写本を必死で探しまわりました。しかし、うまく見つけることができません。困り果てていたところ、シリア北部アレッポの出身でフランスに滞在していたハンナ・ディヤーブという人物と知己になり、彼が故郷の民話にくわしいことがわかりました。そこで彼に写本に入っていないアラビアンナイトのような物語をいろいろ聞き取りし、それを翻訳の続きに加えていきました。このとき聞き取った話の中に、いまのわれわれにおなじみの「アラジン」や「アリババ」「空飛ぶ絨毯」などがありました。』</ref>。
 
* 1908年に至り、{{仮リンク|ダンカン・B・マクドナルド([[:|en:|Duncan Black MacDonald]])}}がオックスフォード大学の[[ボドリアン図書館]]の写本目録の中からアラビア語原典の存在を確認し、1910年に英国[[王立アジア協会]]の雑誌にその原文を発表した<ref>ロバート・アーウィン、 西尾哲夫訳 『必携アラビアン・ナイト  物語の迷宮へ』、p.76、 平凡社、1998年1月、ISBN 4-582-30803-1</ref>。これで原典探しは一件落着となったとされた。日本では、この原文は[[前嶋信次]]によって日本語に訳され、1985年、前嶋の死去のあと、平凡社東洋文庫「アラビアン・ナイト」の別巻として出版されている<ref name="ikeda471">池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集I」に所載、p.471、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-9066980669-4</ref>。ただし、前嶋は、「果たしてガランが使用したものと同じか否か、両者間に文体の差があって不確かである。またシリア系の説話という説が有力だが、トルコやスラブ系の説話の影響も認められる」としている<ref>前嶋信次(訳)『アラビアン・ナイト  別巻』アラジンとアリババ、東洋文庫443)あとがきにかえて、pp.287-288,[[平凡社]][[平凡社東洋文庫]]、1985年3月8日初版第1刷</ref>。
一方、洞穴の中から金貨の袋と死体が持ち去られたことに気付いた盗賊たちは、死んだ男の他にも仲間がいると考えて、すぐに捜査を始め、死体を縫い合わせた老人を見付けて、情報を聞き出すことに成功した。そして、老人の協力でアリババの家(元・カシムの家)を見付けた盗賊たちは、頭領が20頭のロバを連れた旅の油商人に変装し、ロバの背中に2つずつ積んである油容器の中に39人の手下たちが隠れ<ref>ちなみに、盗賊たちがアリババの家を捜索する際に失敗した2人が頭領に処刑されたとする話もあり、その場合には残りの手下は37人で、頭領が連れていたロバの数は19頭になる。いずれにせよ、1つの容器だけ[[偽装]]のために本物の油が入っていた点は共通している。</ref>、アリババの家に一夜の宿を求めて泊めてもらう作戦で家の中に入り込み、家の人々が寝静まるのを待ってアリババを殺そうと企てたが、庭に運び込まれた油容器の中身が盗賊たちと気付いたモルジアナは、1つだけ本物の油が入っている容器を探し当てると、急いでその油を台所へ運び込み、大鍋に入れて[[沸騰]]させ、煮えたぎった油を全ての容器に注ぎ込んで、中に隠れている盗賊たちを一人残らず殺した。そうとも知らず夜中に寝床から起き上がり、仕事に取りかかるために手下たちを呼ぼうとした頭領は、容器の中をのぞき込んで手下たちの全滅を知ると、驚いて単身アリババの家から逃げ去った。
 
* ところが、1984年にハーバード大学のアラビア語の教授であった{{仮リンク|ムフシン・マフディー([[:|en:|Muhsin Mahdi]])}}が、「千夜一夜物語」の原型といわれるものの復元に成功して、「初期アラビア語原典による千夜一夜物語の書」という、画期的な研究成果を発表し、今まで解明されていなかった多くの問題に光を与えるところとなった<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集I」に所載、p.469、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-9066980669-4</ref><ref>ロバート・アーウィン、 西尾哲夫訳 『必携アラビアン・ナイト  物語の迷宮へ』、p.79-81、 平凡社、1998年1月、ISBN 4-582-30803-1</ref>。マフディーの写本研究はまた思いがけない発見をしている<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.471、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4<name="ikeda471" /ref>。マクドナルドが発見したアラビア語写本をマフディーが子細に検討した結果、この写本は[[ド・サシー([[:en:Antoine Isaac Silvestre de Sacy|Sylvestre de Sacy]]の門下生で、18世紀の後期に商人となってエジプトに移り住んだジャン・ワルシー(Jean Varsi)というフランス人の筆跡によるもので、ガランの'''フランス語訳から逆にアラビア語に訳し直したもの'''と解明された<ref>Husain Haddawy訳, "The Arabian Nights II: Sinbad and Other Popular Stories (v. 2)", Introduction, p.xiii, W W Norton & Co Inc (September 1995), ISBN 978-0393038156 "Although it is written in a pseudo-grammatical Arabic, with some mistakes and colloquial words, as well as purple patches, verses, and rhyming phrases alien to Galland's verdion, a close examination reveals that it is a modified translation of Galland. It is no more of Arabic origin than its author Jean Varsi, a Frenchman attached to the French mission in Egypt." </ref><ref>ロバート・アーウィン、 西尾哲夫訳 『必携アラビアン・ナイト  物語の迷宮へ』、p.83-84、 平凡社、1998年1月、ISBN 4-582-30803-1</ref><ref name="ikeda472">池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集I」に所載、p.472、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-9066980669-4</ref>。結局、この有名な物語は、「アラビアン・ナイト」の外典として存在していたのか、ガランが創作したのか、何によったのか、出所探しは振り出しに戻ってしまった<ref>池田修、ムフシン・マフディー版「アラビアン・ナイト」の登場、「千夜一夜物語と中東文化---前嶋信次著作集Ⅰ」に所載、p.472、平凡社東洋文庫669、2000年4月10日初版、ISBN 4-582-90669-4<name="ikeda472" /ref>。  
しばらくの後、盗賊の頭領は偽名を使って宝石商人になりすまし、カシムの息子が経営する商店の近所に住みついて彼と親しくなり、アリババの家に客人として招かれた。頭領は服の中に隠し持った短剣でアリババを殺すつもりだったが、またしても客人の正体を見抜いたモルジアナは、余興として客人に舞踊を披露すると言い、彼女も短剣を持って踊りながら隙を見て頭領を刺し殺し、アリババ達に客人の正体を晒した。
 
なお、「アリババと40人の盗賊」、「[[アラジンと魔法のランプ]]」のように、アラビア語の原典が見当たらない物語群は「orphan talesstories」<ref>[http://www.independent.co.uk/incoming/the-eternal-adventure-the-amazing-tale-of-the-arabian-nights-5465090.html The eternal adventure: The amazing tale of the Arabian Nights] [[インデペンデント|The Independent]]、2008年11月21日</ref>や「orphan tales」<ref>[https://books.google.co.jp/books?id=5D70AgAAQBAJ&pg=PA30&lpg=PA30&dq=%22orphan+tales%22%E3%80%80arabian+nights&source=bl&ots=v9uFb9XTw6&sig=hGI75Xycuzxugmzm1XoRolAZI5U&hl=ja&sa=X&ei=fPSuU63lHZL68QXsuYC4Ag&redir_esc=y#v=onepage&q=%22orphan%20tales%22%E3%80%80arabian%20nights&f=false] Robert Irwin: The Arabian Nights: A Companion(1994), p.30(下から3行目), ISBN 978-1860649837</ref>と呼ばれている。
かくして40人の盗賊たちは、聡明なモルジアナの機転により全員返り討ちにされた。この功績によって、モルジアナはカシムの息子の妻になり、洞穴の中に残っていた莫大な財宝は国中の貧しい人たちに分け与えられて、アリババの家は末永く栄えた。
 
== ギャラリー ==
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== 関連項目 ==
*[[アイウエオリババ]] - 「アリババと40人の盗賊」をモチーフにした、[[生越嘉治]]作の[[小学校]][[低学年]]の学芸会用の児童劇。
*[[アリババグループ]](阿里巴巴) - 中国に本社を置くテクノロジー企業。当作品に由来している。
 
== 脚注 ==
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<references />
{{Reflist|2}}
 
== 外部リンク ==
{{Commons category|Ali BabaAli_Baba}}
{{ウィキポータルリンク|文学|[[画像:Open book 01.svg|none|34px]]}}
*[http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card43123.html 青空文庫 図書カード:アラビヤンナイト] - [[菊池寛]]『アラビヤンナイト03 アリ・ババと四十人のどろぼう』([[青空文庫]])
* {{青空文庫|000879|3768|新字旧仮名|芥川竜之介 リチャード・バートン訳「一千一夜物語」に就いて}}
* {{PDFlink|[http://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/tmp/92.pdf 国立国会図書館「アラビアンナイトの翻訳事情」]}}
* [http://www.minpaku.ac.jp/museum/showcase/media/tabiiroiro/chikyujin330 国立民族学博物館教授 西尾哲夫「アラビアンナイト断章」全4回シリーズ]
*[[岩井克人]]『二十一世紀の資本主義論』 - マルジャーナの知恵
 
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[[Category:千夜一夜物語]]
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