チェスター・W・ニミッツ・ジュニア
チェスター・ウィリアム・ニミッツ・ジュニア(Chester William Nimitz.Jr.、1915年2月17日 - 2002年1月2日)は、アメリカ海軍の軍人。第二次世界大戦中の太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツの長男。最終階級は大佐。
概略
アナポリスを1936年に卒業し少尉に任官する。1941年太平洋戦争開戦時はフィリピン沖で潜水艦乗組員として勤務についていた。1945年には中佐に昇進しており、サーダ艦長に着任が予定されたが、進水の9日前に日本がポツダム宣言を受諾、全軍に戦闘停止命令が下ったことからこれ以上の戦力増強は不要となり、サーダはスクラップか就役かで激論が戦わされることとなる。ニミッツ・ジュニアは艦を救うべく数ヶ月に及ぶ議論を戦わせた。最終的にサーダはニミッツ・ジュニアの指揮下で1946年4月19日に就役した。
1957年に大佐で退役、退役軍人名簿上で少将に名誉進級した。退役後は会社員となり複数の企業に勤務した。
2002年、健康状態の悪化を苦にして妻と共に自殺した。