削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
タグ: 手動差し戻し 差し戻し済み モバイル編集 モバイルウェブ編集
タグ: 取り消し 差し戻し済み
8行目:
| place=[[江西省 (中華民国)|江西省]]錦江周辺
| result=中国軍の勝利
| combatant1=[[ファイル:Flag of Japan (bordered).svg|24px]] [[大日本帝国陸軍]]
| combatant1={{JPN1889}}
| combatant2=[[ファイル:Flag of the Republic of China Army.svg|23px]] [[中華民国]][[国民革命軍]]
| combatant2={{CHN1928}}
| commander1=[[桜井省三]]<br>[[大賀茂 (陸軍軍人)|大賀茂]]
| commander2=[[羅卓英]]
18行目:
|}}
'''錦江作戦'''(きんこうさくせん)とは、[[日中戦争]]中の[[1941年]]3月15日から4月2日までの間、[[江西省 (中華民国)|江西省]][[贛江]]の支流・錦江周辺で行われた日本軍の作戦である。[[上高県|上高]]を拠点とする[[国民革命軍|中国軍]]に打撃を与えるため出撃した日本軍が、反撃を受けて撃退された。この戦闘の中国側の呼称は'''上高会戦'''。
 
==背景==
[[1941年]](昭和16年)2月、[[支那派遣軍]]総司令部は、[[第11軍 (日本軍)|第11軍]]所属で[[安義県|安義]]に駐屯する[[第33師団 (日本軍)|第33師団]]を華北に転用することに決定し、4月上旬移動を開始することになった。しかし安義・[[南昌市|南昌]]方面では、まだ中国軍に打撃を与える作戦が行われたことはなく、第33師団の移駐に先立って、この方面で対峙する中国軍第19集団軍に一撃を与える作戦が考えられた。