「日本アカデミー賞」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
MIsogi (会話 | 投稿記録)
MIsogi (会話 | 投稿記録)
編集の要約なし
16行目:
'''日本アカデミー賞'''(にっぽんアカデミーしょう)とは日本アカデミー賞協会が主催する[[日本]]の[[映画賞]]である。
 
[[テレビ]]の普及によって[[1950年代]]後半以降、観客減少に悩まされた[[映画]]関係者らが[[邦画]]界の活性化のため[[アメリカ合衆国]]の[[アカデミー賞]]を模し、その「暖簾分け」という形で設立し[[1978年]](昭和53年)に初開催された(対象年は1977年(昭和52年))
 
創設の数年前から[[松竹]]の[[城戸四郎]]会長らがその種のイベント開催を模索していたが、資金面での見通しが立たず難航。その後、[[電通]]が音頭を取り放送局に[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]を斡旋。[[東映]]社長・[[岡田茂]]を中心に邦画大手4社と業界関係者らの協力により、3か月間で第1回開催にこぎつけた<ref>[http://www.ntv.co.jp/don/contents03/2010/04/46.html きょうは何の日 1978年4月6日「日本アカデミー賞授賞式が挙行された日」]</ref><ref>小説東映 映画三国志、[[大下英治]]著、徳間書店、1990年、p5-11</ref>。<!--映画評論家の[[水野晴郎]]は自身が発案し、日本テレビのプロデューサーに持ちかけて実現させたと語っているが真相は不明。-->
25行目:
 
== 賞の概要 ==
賞の選出は、日本アカデミー賞協会会員の投票によって行われる。日本アカデミー賞協会は、日本国内の映画関係者によって構成される。会員は主要映画館でのフリーパスの特権が与えられている。会員は1980年12(昭和55年)12月末時点で約1200人だったが、2007年(平成19年)時点では4000~5000人に達している。
 
選考の対象となる作品は、授賞式の前々年12月から前年1211までの1年間に東京都内で公開された映画。かつては、授賞式の前年の1月から12月までだっの1年間に公開されが本家映画を対象とした。しかし、アメリカ合衆国の[[アカデミー賞]]授賞式の開催3月下旬・4月頃から2月下旬・3月頃に繰り上がっげられのと時を同じくしてため、日本アカデミー授賞式も開催時期を3月・4月頃から2月・3月頃に早め、それに伴い対象となる作品の公開期間も1ヶ月前倒しした。
 
授与される賞は正賞が15部門あり、その他に新人俳優賞などがある。正賞の優秀賞(ノミネートに当たる)と新人俳優賞は、投票(協会員全員)により選ばれ、そのうち正賞については優秀賞受賞の中より最優秀賞が投票(協会員全員)により選ばれる。
 
[[アニメ作品]]については長らく優秀作品賞にノミネートされることはなかったが、[[1998年]](平成10年)の『[[もののけ姫]]』が初めて最優秀作品賞を受賞した。[[2007年]]からは本家のアカデミー賞がアニメ部門を創設したことにならい、独立部門としてアニメーション作品賞が新設された。
 
{|
73行目:
 
== 授賞式の放送==
日本アカデミー賞は、放映権を有する[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]が第1回(1978年(昭和53年))から一貫してその模様を中継している。当初は地上波で生中継していたが、その後、録画と生放送の組み合わせによる放送となっている。
 
また第3回([[1980年]](昭和55年))の「オールナイトニッポン話題賞」の設立後は、『オールナイトニッポン』([[ニッポン放送]])が特別番組を組んで授賞式の模様を深夜に録音で中継している。
 
それから日本テレビ系以外の他系列局に対しては特に取材規制を行なっていないようで、翌朝放送される各局の情報番組の芸能コーナーでも普通に授賞式の映像が使用されている。ただその中では言うまでもなく日テレ系『[[ズームイン!!サタデー]]』での扱いが最も大きい。
81行目:
[[日本テレビ放送網|日本テレビ]](地上波)での放送は第1回は1978年[[4月6日]] 19:00-20:54の中継、第2回は1979年[[4月7日]] 19:30-20:54枠に新設された「土曜スペシャル」での中継、第4回から2月開催に繰り上がり、第12回から3月開催で「金曜ロードショー」(21:00-22:54)特別企画として放送、第17回から「木曜スペシャル」(19:00-20:54)枠、第18回から土曜 21:30-23:24(第20回は21:20-23:24)となるなど曲折を経て第21回以降はミニ番組(21:00-21:03)後の「金曜ロードショー」(21:03-21:54)枠での放送に落ち着いている。
 
[[BS日テレ]]では第25回([[2002年]](平成14年))から、授賞式の第1部(技術各部門の最優秀賞及び新人賞・話題賞の顕彰)の模様が、生中継されるようになった(第25回は16:25-18:00、第26~28回は16:00-18:00、第29回は17:00-19:00の各放送枠。第30回の生中継は無し)。また地上波放送翌日、翌々日などに地上波放送の録画再放送、拡大再放送による完全版の放送が行われることもある。第29回([[2006年]](平成18年))は授賞式翌日の[[3月4日]] 17:00-19:00に地上波再放送、[[3月19日]] 14:30-17:24に3時間バージョンを放送、第30回(2007年(平成19年))は[[3月10日]] 16:30-19:00に2時間15分版を放送している。
 
[[CS日本]]の[[日テレプラス&サイエンス]]では第29回から授賞式の模様を放送しており、技術部門賞や地上波完全版などの放送は今日ではBSではなくCSチャンネルでの扱いがメインになってきている。第29回は[[3月21日]] 14:00-16:00に地上波再放送、[[3月11日]] 15:30-18:30に3時間バージョン、[[3月30日]] 15:00-18:00に3時間バージョン再放送、第30回は[[2月25日]] 16:30-19:50に3時間15分版、[[3月17日]] 17:00-20:20に3時間15分版の再放送、3月4日 18:00-20:00に地上波再放送、[[3月28日]] 26:00-28:00に地上波再放送(2回目)が行なわれた。
87行目:
 
== エピソード ==
*第2回([[1979年]](昭和54年)) 第1回で高額だと一部で批判も出た4万円のパーティー入場券を8000円に大幅値下げ。
*第4回([[1981年]](昭和56年)) [[黒澤明]]が『[[影武者]]』(1980年(昭和55年))での優秀賞受賞を「権威のない賞は認められない」(表向きの理由は「スケジュールの都合」)として辞退、同作品の出演俳優、スタッフもその意向を尊重して全員ノミネート辞退。授賞式司会の[[山城新伍]]がその対応を「すでに権威がある賞は受け取るくせに、これから映画人が育てていこうとしている賞は『権威が無いからいらない』なんて言う人物が受賞しなくてよかった」と批判。最優秀作品賞は製作・配給が独立系の『[[ツィゴイネルワイゼン_(映画)|ツィゴイネルワイゼン]]』が受賞した。
*第8回([[1985年]](昭和60年)) 独立系製作の『[[お葬式]]』(配給:ATG [[日本アート・シアター・ギルド]])が最優秀作品賞受賞。
*第14回([[1991年]](平成3年)) 第4回で『影武者』でのノミネートを辞退した黒澤明が、『[[夢 (映画)|夢]]』での作品賞・監督賞ノミネートを受諾したものの無冠に終わる。
*第19回([[1996年]](平成8年)) 独立系製作の『[[午後の遺言状]]』(配給:[[日本ヘラルド映画]])が最優秀作品賞受賞。
*第20回([[1997年]](平成9年)) 『[[Shall we ダンス?]]』が史上最多の13冠を獲得。
*第21回([[1998年]](平成10年)) 『[[もののけ姫]]』がアニメとして初めて作品賞にノミネートされ、最優秀作品賞に。
*第25回([[2002年]](平成14年))[[高倉健]]が『[[ホタル (映画)|ホタル]]』での優秀主演男優賞を、「後輩の俳優に道を譲りたい」として辞退。
*第28回([[2005年]](平成17年))『[[世界の中心で、愛をさけぶ]]』出演の[[長澤まさみ]]が、すべての部門中で史上最年少となる17歳での最優秀助演女優賞受賞。
*第30回([[2007年]](平成19年))『[[武士の一分]]』の[[木村拓哉]]が、「優秀賞のほかの皆さんと最優秀賞を競わせたくない」との[[ジャニーズ事務所]]の意向により優秀主演男優賞を辞退(明白な理由によるノミネート辞退は史上初)。また『[[フラガール]]』(製作・配給:シネカノン)が製作・配給とも独立系としては『ツィゴイネルワイゼン』(第4回)以来の最優秀作品賞を受賞した。
*第33回([[2010年]](平成22年))[[鳩山由紀夫]][[内閣総理大臣]]が現役総理として初めて授賞式に出席。最優秀作品賞を受賞した『[[沈まぬ太陽]]』と同作品のモデルとなった[[日本航空]]の経営再建問題を絡めたスピーチを行った<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100305/plc1003052302032-n1.htm 『アカデミー授賞式で首相、「JALは沈んじゃったが…」』] - [[産経新聞]] [[2010年]][[3月5日]]</ref><ref>[http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20100306-OHT1T00033.htm 『渡辺謙栄冠!鳩山首相が祝福「あなたこそ沈まぬ太陽」…日本アカデミー賞授賞式』] - [[スポーツ報知]] 2010年[[3月6日]]</ref><ref>[http://www.daily.co.jp/gossip/article/2010/03/06/0002762055.shtml 『渡辺謙、涙の戴冠「一番ほしかった」』] - [[デイリースポーツ]] 2010年3月6日</ref>。
 
== 日本アカデミー賞歴代受賞作品 ==
{| class="wikitable" style="font-size:small80%"
!回数!!対象年!!受賞作・受賞者
|-
|style="text-align:center"|[[第1回日本アカデミー賞|1]]||[[1977年]]<br/>(昭和52年)||'''最優秀作品賞''' 『[[幸福の黄色いハンカチ]]』([[山田洋次]])<br />'''最優秀主演男優賞''' [[高倉健]](幸福の黄色いハンカチ/[[八甲田山 (映画)|八甲田山]])<br />'''最優秀主演女優賞''' [[岩下志麻]]([[はなれ瞽女おりん]])<br />'''最優秀助演男優賞''' [[武田鉄矢]](幸福の黄色いハンカチ)<br />'''最優秀助演女優賞''' [[桃井かおり]](幸福の黄色いハンカチ)
171行目:
 
== 歴代授賞式司会者 ==
男性司会者は[[関口宏]]が[[1998年]](平成10年)から[[2009年]](平成21年)まで長く務めていた。女性司会者は[[1999年]](平成11年)以降、前年の最優秀主演女優賞受賞者が務めている。
 
{| class="wikitable" style="text-align:center;font-size:80%"
!rowspan="2"|回数!!rowspan="2"|授賞式開催日!!男性!!女性colspan="2"|司会者
|-
!男性!!女性
|1||style="text-align:left"|[[1978年]][[4月6日]]||[[岡田真澄]]<br />[[土居まさる]]
|-
|21||style="text-align:left"|[[19791978年]](昭和53年)[[4月76日]]||[[真澄]]<br />[[平田昭彦土居まさる]]||-
|-
|32||style="text-align:left"|[[19801979年]](昭和54年)[[34297日]]||rowspan="4"|[[山城新伍宝田明]]<br />[[平田昭彦]]||-
|-
|43||style="text-align:left"|[[19811980年]](昭和55年)[[231229日]]||rowspan="4"|[[山城新伍]]||rowspan="3"|-
|-
|54||style="text-align:left"|[[19821981年]](昭和56年)[[2月1812日]]
|-
|65||style="text-align:left"|[[19831982年]](昭和57年)[[2月1718]]||[[石田えり]]
|-
|76||style="text-align:left"|[[19841983年]](昭和58年)[[2月1617日]]||[[フランキー堺]]||[[沢亜矢子えり]]
|-
|87||style="text-align:left"|[[19851984年]](昭和59年)[[2月2116日]]||rowspan="5"|[[武田鉄矢フランキー堺]]||[[高倉美貴沢田亜矢子]]
|-
|98||style="text-align:left"|[[19861985年]](昭和60年)[[2月2021]]||rowspan="5"|[[武田鉄矢]]||[[檀ふみ高倉美貴]]
|-
|109||style="text-align:left"|[[19871986年]](昭和61年)[[2月1920日]]||[[名取裕子檀ふみ]]
|-
|1110||style="text-align:left"|[[19881987年]](昭和62年)[[2月1819]]||[[斉藤由貴名取裕子]]
|-
|1211||style="text-align:left"|[[19891988年]][[3(昭和63年)21718]]||[[かたせ梨乃斉藤由貴]]
|-
|1312||style="text-align:left"|[[19901989年]](平成元年)[[232317日]]||[[西田敏行]]||[[島田陽子かたせ梨乃]]
|-
|1413||style="text-align:left"|[[19911990年]](平成2年)[[322223日]]||rowspan="5"|[[高島忠夫西田敏行]]||[[古手川祐島田陽子]]
|-
|1514||style="text-align:left"|[[19921991年]](平成3年)[[3月2022]]||rowspan="5"|[[高島忠夫]]||[[田中好古手川祐子]]
|-
|1615||style="text-align:left"|[[19931992年]](平成4年)[[3月1920日]]||[[松坂慶田中好子]]
|-
|1716||style="text-align:left"|[[19941993年]](平成5年)[[3月1719日]]||[[南野陽松坂慶子]]
|-
|1817||style="text-align:left"|[[19951994年]](平成6年)[[3月1817日]]||[[三田佳南野陽子]]
|-
|1918||style="text-align:left"|[[19961995年]](平成7年)[[3月2318日]]||rowspan="2"|西[[三敏行||かたせ梨乃佳子]]
|-
|2019||style="text-align:left"|[[19971996年]](平成8年)[[3月2923日]]||[[いしだあゆみ]]rowspan="2"|西田敏行||かたせ梨乃
|-
|2120||style="text-align:left"|[[19981997年]](平成9年)[[3月629]]||rowspan="12"|[[関口宏]]||[[浅野いしだあう子]]
|-
|2221||style="text-align:left"|[[19991998年]](平成10年)[[3月126]]||rowspan="12"|[[関口宏]]||[[黒木瞳浅野ゆう子]]
|-
|2322||style="text-align:left"|[[20001999年]](平成11年)[[3月1012日]]||[[原田美枝子黒木瞳]]
|-
|2423||style="text-align:left"|[[20012000年]](平成12年)[[3月910日]]||[[大竹しのぶ原田美枝子]]
|-
|2524||style="text-align:left"|[[20022001年]](平成13年)[[3月89日]]||[[吉永小百合大竹しのぶ]]
|-
|2625||style="text-align:left"|[[20032002年]](平成14年)[[3月78日]]||[[岸惠子吉永小百合]]
|-
|2726||style="text-align:left"|[[20042003年]]2(平成15年)[[3207]]||[[宮沢りえ岸惠子]]
|-
|2827||style="text-align:left"|[[20052004年]]2(平成16年)21820日||[[寺島しのぶ宮沢りえ]]
|-
|2928||style="text-align:left"|[[20062005年]][[3(平成17年)2318]]||[[鈴木京香寺島しのぶ]]
|-
|3029||style="text-align:left"|[[20072006年]]2(平成18年)[[3163]]||吉永小百合[[鈴木京香]]
|-
|3130||style="text-align:left"|[[20082007年]][[2(平成19年)21516]]||[[中谷美紀]]吉永小百合
|-
|3231||style="text-align:left"|[[20092008年]](平成20年)[[2月2015]]||樹木希林[[中谷美紀]]
|-
|3332||style="text-align:left"|[[20102009年]]3(平成21年)2520日||[[関根勤]]||村多江希林
|-
|33||style="text-align:left"|[[2010年]](平成22年)3月5日||[[関根勤]]||木村多江
|}