ヤマドリ

キジ科に分類される鳥類

ヤマドリ(山鳥[2]、山雉、鵫、鶡、鸐雉[3]Syrmaticus soemmerringii)は、鳥綱キジ目キジ科ヤマドリ属に分類される鳥類。日本固有種。名前は有名だが、野外で出会うのは少し困難な鳥でもある[4]

ヤマドリ
ヤマドリ
ヤマドリの亜種であるキタヤマドリ
S. s. scintillans
保全状況評価[1]
NEAR THREATENED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: キジ目 Galliformes
: キジ科 Phasianidae
: ヤマドリ属 Syrmaticus
: ヤマドリ S. soemmerringii
学名
Syrmaticus soemmerringii
Temminck, 1830
和名
ヤマドリ
英名
Copper Pheasant
亜種
  • ヤマドリ S. s. scintillans
  • ウスアカヤマドリ S. s. subrufus
  • シコクヤマドリ S. s. intermedius
  • アカヤマドリ S. s. soemmerringii
  • コシジロヤマドリ S. s. ijimae

形態

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雌(左)と雄(右)

雄は全長約125cm[5]、翼長20.5-23.5cm[6]。雌は全長約55cm[2][6][7](52.5cm[8]) 、翼長19.2-21.9cm[9]。体重は雄0.9-1.7kg (0.943-1.348kg[10]) 、雌0.7-1kg[6] (0.745-1.000kg[10]) 。は雄のほうがかなり長く、尾長は雄が41.5-95.2cm、雌が16.4-20.5 cm[9]。尾羽の数は18-20枚[6](16-20枚[10])。雄の羽色は極彩色のキジと異なり、金属光沢のある赤褐色を呈する。およそ頭部の色が濃く、胴体から脚にかけて薄くなる傾向があるが、その程度は亜種により異なる。よく目立つ鱗状の斑紋がある。目立つ冠羽はないが、興奮すると頭頂の羽毛が逆立ち冠状に見えることもある。顔面にキジ同様赤い皮膚の裸出部がある。雄の尾は相対的にキジよりも長く、黒、白、褐色の鮮やかな模様がある。雄は脚に蹴爪を持つ。雌の羽色は褐色でキジの雌に似るが、キジの雌より相対的に尾が短い[9]

生態

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和名の「ヤマドリ」は山地に生息することに由来する[2]。主に標高1500メートル以下の山地森林や藪地(灌木叢林)などに生息し[10]渓流の周辺にあるスギヒノキからなる針葉樹林や、下生えがシダ植物で繁茂した環境を好む[7]。冬季には群れを形成する[7][5]

食性は植物食傾向の強い雑食[11]、植物の葉、果実種子、果物、山菜、昆虫クモ甲殻類、陸棲の巻貝ミミズなどを食べる[7][5][6]

鳴くことはまれだが、繁殖期になると雄は翼を激しく羽ばたかせ、非常に大きな音を出す(ドラミング母衣〈ほろ〉打ち)ことで縄張りを宣言するとともに、雌の気を引く[12]。また、ドラミング(ほろ打ち)の多くは近づくものに対する威嚇であるともされる[4]

木の根元などに窪みを掘り、木の葉や枯れ草、羽毛を敷いた直径20cm、深さ9cmに達する巣に、4月から6月にかけて6-12個(7-13個[9])のを産む[7][6]。卵は長径4.8cm(4.4-5.15cm[9])、短径3.5cm (3.3-3.65 cm[9]) で、殻は淡黄褐色[6]。雌のみが抱卵し、抱卵期間は24-25日[5]

婚姻形態は一夫多妻であると推定されていたが、実際は一夫一妻であることが三重県津市獣医師によって突き止められた[13]

丸猶丸ほか (1968) によれば、48個体の飼育環境下での産卵数は5-40個、産卵期間は10-97日と個体差が大きかったとしている[14]。また、繁殖適齢期は3-4歳。雌雛の発生は雄雛よりも多いと報告されている[14]

分布と亜種

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日本の固有種であり、本州四国九州に生息する[2][5][6][7]。生息する地域によって羽の色が若干異なり、後述の5亜種に分けられている。

羽色は温度や湿度によって決定し(寒冷地の個体は羽色が薄く暖地の個体は羽色が濃くなる)、同地域でも南北で変異が生じるとする報告例もある[6]。一方で尾羽の形態や腰の白色斑は遺伝的要因が影響していると考えられている[6]。なお、これらの亜種の分布域は明瞭でないため、検討が必要とされている[15]

  • ヤマドリ(山鳥) S. s. scintillans (Gould, 1866)
別名キタヤマドリ(北山鳥)。
本州(北緯35度20分以北および島根県北部、兵庫県北部より北)に分布する[15]
細く短い尾羽を持ち、全身の羽色は淡色[6]。腰の羽毛は羽縁が白く、肩羽や翼の羽縁も白い[6]
基亜種アカヤマドリに対して色彩が異なることから、1866年にアメリカ合衆国のグールドにより別種として記された[4]
 
ウスアカヤマドリの雄
Syrmaticus soemmerringii subrufus
  • ウスアカヤマドリ(薄赤山鳥[2]S. s. subrufus (Kuroda, 1919)
本州(北緯35度20分より南の太平洋側、千葉県静岡県、三重県、和歌山県山口県)および愛媛県南部に分布するとされる[15]
尾羽は細い個体も太い個体もおり、全身の羽色は赤みがかる[6]。腰に白色斑が入り、肩羽や翼の羽縁がわずかに白い[6]
静岡県の採集標本から、黒田長禮により、1919年に別亜種として記された[4]
  • シコクヤマドリ(四国山鳥[2]S. s. intermedius (Kuroda, 1919)
兵庫県南部および中国地方鳥取県、島根県南部、岡山県広島県、山口県東部)と四国地方(香川県徳島県高知県)に分布するとされる[15]
細長い尾羽を持ち、全身の羽色はやや濃色[6]。腰の羽毛は羽縁が白く、肩羽や翼の羽縁がやや白い[6]
愛媛県の採集標本から、黒田長禮により1919年、別亜種として記された[4]
  • アカヤマドリ(赤山鳥[2]S. s. soemmerringii (Temminck, 1830)
九州北中部[6]福岡県佐賀県長崎県大分県から、熊本県北部、宮崎県北部)に分布するとされる[15]
太く長い尾羽を持ち、全身の羽色は濃色[6]。腰の羽毛に白色部がなく、肩羽や翼にも白色斑が入らない[6]
基亜種。長崎に滞在したシーボルトの収集標本に対し、1830年、オランダのテミンクによってヤマドリとして初めて記された[4]
九州中南部(熊本県南部、宮崎県南部、鹿児島県)に分布するとされる[15][16]。準絶滅危惧種[16]
太く長い尾羽を持ち、全身の羽色は濃色[6]。腰の羽衣が白く、肩羽や翼に白色斑が入らない[6]
東京帝国大学教授であった飯島魁の送った標本から、1902年にイギリスのドレッサーによって、飯島の名を種小名として記された[4]

種小名 soemmerringii は、ドイツの解剖学者ゼンメリングSömmerring)への献名である[2]

交雑

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野生状態でキジとの交雑が生じる[17]が、交雑個体に対し科学的な分析を行った文献記録は少なく[18]、繁殖力の有無等は明かでは無い。

人間との関係

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肉は食用になり、狩猟鳥の一つであるほか、食肉や観賞用、放鳥用として、許可不要で飼育・繁殖できる[19]。販売には都道府県の許可が必要で、2019年度の販売数は合計1122羽で、減少傾向にある[19]。味は大変に美味。

鳥獣保護法における狩猟鳥獣で、雄は1日2羽まで捕獲できる[19]。一方で保護の対象ともされており、環境省省令により雌は捕獲が禁止されている[19][20]

人工授精[21]による養殖技術が確立され[22]、野生個体の増加を目論んだ幼鳥や成鳥の放鳥が各地の民間団体や[22]、自治体[23]により行われている[24]。放鳥に用いるのは人工授精により養殖育成した個体[25]であるが、放鳥後の寿命は10日程度と短かいと報告されている[26]。主な消耗原因として、テンのような天敵による食害[27]、衰弱死、溺死、射殺(狩猟)、交通事故が挙げられている[24]

文化

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ヤマドリは雌雄が峰を隔てて寝るという伝承があり、古典文学では「ひとり寝」の例えとして用いられた[28]。また雄のヤマドリは尾羽が長いことから、「山鳥の尾」は古くは長いものを表す語として用いられており[2]百人一首には柿本人麻呂の作として和歌「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」が取られている。この歌では「山鳥の尾のしだり尾の」までが「ながながし」を導く序詞である。

ヤマドリに関する俗信としては、年老いて尾が十三節になったヤマドリは人を騙したり、また夜に人魂のように光ったりするなどの言い伝えがある[29][30]長野県に伝わる。「八面大王」という鬼を坂上田村麻呂が退治する物語では、「三十三節あるヤマドリの尾羽で矧いだ矢で無ければ鬼を退治出来ない」という描写がある[31]

日本では、群馬県秋田県がヤマドリを県の鳥としている。

雄のヤマドリは手塚治虫の火の鳥のモデルにもなった。

脚注

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  1. ^ The IUCN Red List of Threatened Species
    • BirdLife International 2012. Syrmaticus soemmerringii. In: IUCN 2012. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2012.1.
  2. ^ a b c d e f g h i j 安部直哉(解説)、叶内拓哉(写真)『山溪名前図鑑 野鳥の名前』山と溪谷社、2008年、330-331頁。ISBN 978-4-635-07017-1 
  3. ^ 日外アソシエーツ 編『難読誤読 鳥の名前 漢字よみかた辞典』日外アソシエーツ、2015年、20・69-70・75頁。ISBN 978-4-8169-2558-0 
  4. ^ a b c d e f g 川路則友「見られそうで見られないヤマドリ」『BIRDER』第27巻第1号、文一総合出版、2013年1月、34-35頁。 
  5. ^ a b c d e C.M.ペリンズ、A.L.A.ミドルトン 編「日本における繁殖鳥リストI」『動物大百科7 鳥類I』黒田長久監修、平凡社、1986年(原著1984年)、184頁。ISBN 4-582-54507-6 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 黒田長久、森岡弘之監修『世界の動物 分類と飼育10-I(キジ目)』(東京動物園協会、1987年)pp.113-114、p.177
  7. ^ a b c d e f 環境庁 『日本産鳥類の繁殖分布大蔵省印刷局、1981年
  8. ^ 高野伸二『フィールドガイド日本の野鳥』(増補改訂新版)日本野鳥の会、2015年(原著1982年)、196頁。ISBN 978-4-931150-62-1 
  9. ^ a b c d e f 高野伸二『カラー写真による 日本産鳥類図鑑』学校法人東海大学出版会、1981年、248-249頁。 
  10. ^ a b c d 清棲幸保『日本鳥類大図鑑 II』(増補改訂版)講談社、1978年、753頁。 
  11. ^ 小笠原暠「冬期のキジとヤマドリの生息環境と食性について」『山階鳥類研究所研究報告』第5巻第4号、山階鳥類研究所、1968年、351-362頁、doi:10.3312/jyio1952.5.4_351 
  12. ^ 春の山林に響く 100ヘルツの重低音”. National Geographic. 連載: 日本だけの翼. ナショナル ジオグラフィック協会. 2021年6月20日閲覧。
  13. ^ ヤマドリ、実は「一夫一妻」 津の獣医師が発見”. CHUNICHI Web. 中日新聞 (2012年3月7日). 2012年3月7日閲覧。[リンク切れ]
  14. ^ a b 丸猶丸、一戸健司、斉藤臨、平林忠「ヤマドリ (Phasianus soemmerringii scintillans) の増殖に関する研究 I. 人工授精による繁殖成績」『日本家禽学会誌』第5巻第2号、日本家禽学会、1968年、96-101頁、doi:10.2141/jpsa.5.96 
  15. ^ a b c d e f 日本鳥学会(目録編集委員会) 編『日本鳥類目録』(改訂第7版)日本鳥学会、2012年、3-4頁。ISBN 978-4-930975-00-3 
  16. ^ a b 環境省 自然環境局 生物多様性センター:絶滅危惧種情報(動物)- コシジロヤマドリ -
  17. ^ 蜂須賀正氏キジとヤマドリの雜種について」『鳥』第13巻第62号、日本鳥学会、1953年、40-43頁、doi:10.3838/jjo1915.13.62_40 
  18. ^ 風間辰夫「キジ科鳥種の雑種の増殖と識別について」『日本鳥類標識協会誌』第26巻第1号、日本鳥類標識協会、2014年、11-12頁、doi:10.14491/jbba.00052 
  19. ^ a b c d [Dream]日立移住 ヤマドリ繁殖挑戦/忘れられない味 育てたい東京新聞』夕刊2024年6月8日1面(同日閲覧)
  20. ^ 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則(平成十四年環境省令第二十八号)”. e-Gov法令検索. 環境省 (2019年12月14日). 2020年8月13日閲覧。
  21. ^ 丸猶丸、一戸健司ほか「ヤマドリ, キジの人工授精に関する研究」『日本家禽学会誌』第3巻第2号、日本家禽学会、1966年、83-87頁、doi:10.2141/jpsa.3.83 
  22. ^ a b 猟鳥増殖事業 群馬県猟友会
  23. ^ 第11次鳥獣保護管理事業計画 静岡県 (PDF)
  24. ^ a b 養殖ヤマドリ放鳥後のテレメトリー調査 東京都 (PDF)
  25. ^ 日本キジ・ヤマドリ養殖センター
  26. ^ 川路則友、山口恭弘、矢野幸弘「栃木県において野外個体群の回復のために放鳥されたヤマドリの運命」『山階鳥類研究所研究報告』第34巻第1号、山階鳥類研究所、2002年、80-88頁、doi:10.3312/jyio1952.34.80 
  27. ^ 大津正英「テンの冬期の食性」『日本応用動物昆虫学会誌』第16巻第2号、日本応用動物昆虫学会、1972年、75-78頁、doi:10.1303/jjaez.16.75 
  28. ^ 広辞苑』第五版「山鳥」の項
  29. ^ 東洋大学民俗研究会『南部川の民俗 ―和歌山県日高郡南部川村高城清川村―』昭和55年度号(1981年)474頁
  30. ^ 長沢利明「塩原の民俗知識および俗信」『常民文化研究』通巻12号(常民文化研究会、1988年)8頁
  31. ^ 臼井健二八面大王と穂高の地名」『信濃路のエンジョイライフ』1980年10月

関連項目

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外部リンク

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