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「寝床」の版間の差分

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'''寝床'''(ねどこ)は[[古典落語]]の演目{{sfn|東大落語会|1969|p=356|loc=『寝床』}}。別題に'''寝床義太夫'''(ねどこぎだゆう)、'''寝床浄瑠璃'''(ねどこじょうるり)、'''素人義太夫'''(しろうとぎだゆう)、'''素人浄瑠璃'''(しろうとじょうるり){{sfn|東大落語会|1969|p=356|loc=『寝床』}}。原話は、嘉永5年板の『[[醒睡笑]]』や安永4年の[[笑話]]本『和漢咄会』の一遍『日待』など、多くの江戸小咄に見られる{{sfn|東大落語会|1969|p=356|loc=『寝床』}}。元々は『寝床浄瑠璃』という[[上方落語]]の演目で、明治中期に東京へ移入された{{sfn|東大落語会|1969|p=356|loc=『寝床』}}。
{{Otheruses|落語の演目|一般的な用法|ベッド}}
'''寝床'''(ねどこ)は、[[落語]]の演目の一つ。原話は、[[安永 (元号)|安永]]4年([[1775年]])に出版された[[笑話]]本「和漢咄会」の一遍である『日待』。

元々は『寝床浄瑠璃』という[[上方落語]]の演目で、[[明治]]中期に[[東京]]へ移入された。

== 主な演者 ==
=== 物故者 ===
* [[桂文楽 (8代目)|八代目桂文楽]]
* [[古今亭志ん生 (5代目)|五代目古今亭志ん生]]
* [[三遊亭圓生 (6代目)|六代目三遊亭圓生]]
* [[橘家圓蔵 (8代目)|八代目橘家圓蔵]]
* [[古今亭圓菊 (2代目)|二代目古今亭圓菊]]
* [[古今亭志ん朝|三代目古今亭志ん朝]]
* [[桂枝雀 (2代目)|二代目桂枝雀]]
=== 現役 ===
* [[柳亭楽輔]]
* [[古今亭圓菊 (3代目)|三代目古今亭圓菊]]
* [[三遊亭歌奴|四代目三遊亭歌奴]]


== あらすじ ==
== あらすじ ==
ある長屋の大家は良い人だが、義太夫語り([[義太夫節]])が大好きで人に聞かせたがるが下手くそという欠点があった。義太夫の会を開いて、長屋の店子たちを呼んでも、誰も理由をつけてやってこない。仕方がないので今度は番頭以下、使用人たちに聞かせようとするが、全員が仮病を使う。ここでようやく、自分の義太夫語りが嫌がられていると気づいた主人は機嫌を悪くし、店子は全員出て行ってもらう、使用人たちは全員暇を出すと言って不貞寝してしまう。
ある大家の旦那は[[義太夫節|義太夫]]語りが大好きですぐ他人に語りたがるが、あまりにも下手なので誰も聴きたがらない。

この日も義太夫の会を開こうとおいしい料理と酒を用意し、番頭に長屋の店子たちを呼びにやらせるが、[[提灯]]屋、金物屋、[[小間物]]、[[鳶職|鳶]]、[[豆腐]]屋と誰もが仕事を言い訳にして断ってくる。ならばと店の使用人たちに聞かせようとするが全員[[仮病]]を使って聴こうとしない。妻は子を連れて実家に避難してしまう。

みんなが自分の義太夫をいやがっていることに気づいた旦那は腹を立て、そんなことなら店子たちには長屋を出て行ってもらう、店の者には全員暇を出すと言って不貞寝してしまう。番頭から話を聞いた長屋の一同は観念して義太夫を聴こうと決め、一同におだてられて機嫌を直した旦那は皆の前で義太夫を語る。酔ってしまえば下手な義太夫も分からなくなるだろうと一同はさんざん飲み食いし、やがてみな横になって寝てしまう。

熱心に義太夫を語っていた旦那だったが、やがてみんなが寝ているのに気づく。ところがその中でひとりだけ[[丁稚]]の[[定吉]]がしくしく泣いている。自分の義太夫に感動して泣いているのだと思い込んだ旦那は、あの場面がよかったのか、この場面がよかったのかとあれこれ尋ねるが定吉は違う違うと泣くばかり。「いったいどこだ」と聞くと定吉は旦那が座っている場所を指さして「あそこなんです。あそこが私の寝床なんです」。

== バリエーション ==
=== 5代目志ん生 ===
[[古今亭志ん生 (5代目)|5代目古今亭志ん生]]の口演では、旦那が義太夫を聞かせたがるくだりから以下のような展開になる。

仕方が無いからと、番頭相手に差し向かいで語りだした旦那。殺人的な義太夫の拷問に当然番頭は逃げ出し、旦那は[[見台]]を持って語りながら追っかける。進退窮まった番頭は[[倉庫|蔵]]へ逃げ込み引きこもるが、旦那もさる者で引き窓までよじ登り蔵の中へ義太夫を語りこむ。蔵の中は義太夫が渦巻き、パニックになった番頭はその後失踪した。

[[落ち|サゲ]]は「いまあの人は、[[ドイツ]]にいる」。ドイツに[[都々逸]]をかけたものである。ちなみに、志ん生の次男・[[古今亭志ん朝|3代目古今亭志ん朝]]は高校からドイツ語を学び、長じては毎年ドイツ旅行を欠かさない熱烈なドイツびいきに育った。

=== 2代目圓菊 ===
[[古今亭圓菊 (2代目)|2代目古今亭圓菊]]は、師匠である志ん生が創案した失踪した番頭の話を「過去の事件」として語り、改めてとんでもない義太夫を聴く羽目となる店子の様子につなげて演じている。

=== 3代目志ん朝 ===
[[古今亭志ん朝|3代目古今亭志ん朝]]は、父である志ん生のバージョンをほぼ踏襲するが、「番頭は失踪後に[[日本共産党|共産党]]に入党した」というサゲにしている。

=== 2代目枝雀 ===
[[桂枝雀 (2代目)|2代目桂枝雀]]は『素人浄瑠璃』と改題し、あえてサゲをつけずに大混乱の「浄瑠璃の会」の様子のまま終わることが多かった(ただし『寝床』として最後のサゲまで演じることもあった)。枝雀亡き後は弟子の[[桂南光 (3代目)|3代目桂南光]]が同じスタイルで演じている。


困った店子と使用人たちは相談しあい、酔えば下手な義太夫も気にならなくだろうと義太夫を聞くことを決める。番頭に皆が義太夫を聞きたがっているとおだてられると、主人はすぐに機嫌を直し、酒や料理を用意して使用人たちの部屋で義太夫の会を開く。
=== 米助『野球寝床』 ===
[[ヨネスケ|桂米助(ヨネスケ)]]は、現代の[[プロ野球]]を舞台とした改作『野球寝床』を十八番にしている。


当初の打ち合わせ通り、みな主人の義太夫をよそに酒を飲んで酔っ払うが、そのまま寝てしまう。熱弁していて周囲の状況に気づいていなかった主人も、やがて客たちが寝ている事に気づき、再び機嫌を悪くするが、唯一、丁稚の定吉だけしくしくと泣きながらも起きていることに気づく。きっと自分の語りに感動したに違いないと、どこが良かったかと声をかけるが、定吉はこれを否定し、自分だけ寝ることができず泣いていると答える。どうして寝ることができないのかと問われて、定吉は言う。
大家の旦那は[[千葉ロッテマリーンズ]]球団のオーナーに置き換えられ、義太夫語りはグループ会社の幹部や本社の社員たちを集めての野球観戦であり、[[千葉ロッテマリーンズ|「人気球団」ロッテ]]の試合観戦とあって理由をつけて逃げまくられることになる。豆腐屋ならぬ[[ロッテリア]]の役員がハンバーガーをたくさん発注されて大忙しだったり、仮病を使って「ライトスタンドのファンの声援が痛めた耳に障る」(熱狂的な応援スタイルが定着した現在のアレンジ)だったりなどのアレンジが施されている。


「旦那様がいる場所が私の寝床です」
=== 小ゑん『鉄寝床』 ===
[[柳家小ゑん|6代目柳家小ゑん]]は、自身が鉄道ファンであることを活かし、『寝床』をベースにした改作『鉄寝床』を口演することがある。義太夫語りの会は[[鉄道模型]]の運転会に置き換えられている。


== 備考 ==
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
* 噺家の世界では、自画自賛の芸術のことを'''「寝床」'''と表現することがあるが、その語源はこの噺である。 '''「寝床を地で行く」'''とも言う。
=== 注釈 ===
* サゲまで演じず、客が集まったところで噺を切る場合もあり、この場合は『素人義太夫』などと改題することがある(前述の2代目枝雀、3代目南光など)。
{{Reflist|group="注釈"}}
* 上方でも、現在は『寝床』の題で口演されることが多い。
=== 出典 ===
{{Reflist|40em}}


== 関連項目 ==
== 参考文献 ==
{{Refbegin}}
* [[古典落語]]
* {{Citation |和書
* [[浄瑠璃]]
| author = 東大落語会
* [[義太夫]]
| author-link =
* [[ちりとてちん (テレビドラマ)]] - 主人公の属する[[落語家]]の徒然亭一門の師匠・草若の家の向かいにある[[居酒屋]]の屋号が「寝床」。店主が[[フォークソング]]好きで、常連客を集めて自分の[[リサイタル]]を行おうとするが誰も嫌がって来てくれない、という設定。
| year = 1969
<!-- *[[ドラえもん]] - [[剛田武|ジャイアン]]が不定期に開催する「ジャイアンリサイタル」がジャイアンの尋常ではないひどい歌で有名である。「のび太たちが何かと理由を付けて逃げようとする」「ジャイアンが腕力や[[ドラえもん (架空のキャラクター)|ドラえもん]]の[[ひみつ道具]]でむりやり参加者を集めようとする」など、「寝床」と同じ展開になることが多い。[[2011年]]発行の「ドラえもん最強考察」([[晋遊舎]])には「ジャイアンリサイタルの元ネタは落語だった?」として「寝床」の紹介をしている箇所がある。 -->
| title = 落語事典 増補
| publisher = 青蛙房
| edition = 改訂版(1994)
| series =
| isbn = 4-7905-0576-6
| ref = harv}}
{{Refend}}


== 出典・参考 ==
* [[武藤禎夫]]「定本 落語三百題」解説


{{落語の演目 (舞台別)}}
{{落語の演目 (舞台別)}}

2024年3月2日 (土) 14:51時点における最新版

寝床(ねどこ)は古典落語の演目[1]。別題に寝床義太夫(ねどこぎだゆう)、寝床浄瑠璃(ねどこじょうるり)、素人義太夫(しろうとぎだゆう)、素人浄瑠璃(しろうとじょうるり)[1]。原話は、嘉永5年板の『醒睡笑』や安永4年の笑話本『和漢咄会』の一遍『日待』など、多くの江戸小咄に見られる[1]。元々は『寝床浄瑠璃』という上方落語の演目で、明治中期に東京へ移入された[1]

あらすじ

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ある長屋の大家は良い人だが、義太夫語り(義太夫節)が大好きで人に聞かせたがるが下手くそという欠点があった。義太夫の会を開いて、長屋の店子たちを呼んでも、誰も理由をつけてやってこない。仕方がないので今度は番頭以下、使用人たちに聞かせようとするが、全員が仮病を使う。ここでようやく、自分の義太夫語りが嫌がられていると気づいた主人は機嫌を悪くし、店子は全員出て行ってもらう、使用人たちは全員暇を出すと言って不貞寝してしまう。

困った店子と使用人たちは相談しあい、酔えば下手な義太夫も気にならなくだろうと義太夫を聞くことを決める。番頭に皆が義太夫を聞きたがっているとおだてられると、主人はすぐに機嫌を直し、酒や料理を用意して使用人たちの部屋で義太夫の会を開く。

当初の打ち合わせ通り、みな主人の義太夫をよそに酒を飲んで酔っ払うが、そのまま寝てしまう。熱弁していて周囲の状況に気づいていなかった主人も、やがて客たちが寝ている事に気づき、再び機嫌を悪くするが、唯一、丁稚の定吉だけしくしくと泣きながらも起きていることに気づく。きっと自分の語りに感動したに違いないと、どこが良かったかと声をかけるが、定吉はこれを否定し、自分だけ寝ることができず泣いていると答える。どうして寝ることができないのかと問われて、定吉は言う。

「旦那様がいる場所が私の寝床です」

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ a b c d 東大落語会 1969, p. 356, 『寝床』.

参考文献

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  • 東大落語会『落語事典 増補』(改訂版(1994))青蛙房、1969年。ISBN 4-7905-0576-6