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[[画像:thermocline.png|frame|[[太平洋]][[日本]]東方(東経160度北緯30度)に見られる水温躍層。夏(7月から9月赤線)と冬(1月から3月、青線)の平均的な[[海水温]]と深さの関係を示す。夏に季節水温躍層が 50 [[メートル]]付近に見られる。これとは別に 500 メートルから 1000 メートル付近で温度が急激に変化している主水温躍層が見られる。]]
'''サーモクライン'''は[[海洋]]や[[湖沼]]内部でで水温が鉛直に急激に変化する層のこと。水温躍層とも訳される。
'''水温躍層'''({{Lang-en|thermocline, thermal layer}}; [[湖]]では{{Lang|en|metalimnion}}とも)は、[[海洋]]や[[湖沼]]内部で、深さに対して急激に水温が変化する水面近くの層{{Sfn|防衛庁|1978|p=15}}{{Sfn|Urick|2013|pp=71-76}}。


== 概要 ==
[[画像:thermocline.png|frame|[[太平洋]][[日本]][[]]方(東経160度北緯30度)に見られるサーモクライン。夏(7月から9月,赤線)と冬(1月から3月、青線)の平均的な[[海水]][[]]と深さの関係を示す。夏に[[季節]]サーモクラインが 50 [[メートル]]付近に見られる。これとは別に 500 メートルから 1000 メートル付近で温度が急激に変化している定常サーモクラインが見られる。]]
水面直下の表面層({{Lang|en|surface layer}})は熱交換の作用を受けやすく、水温が高い傾向がある。また雲で覆われたり風浪のある海域では、海面直下に等温層が存在するのが通常である。この等温層は、海面付近の水が[[風]]や[[波]]の影響によって混合されることによって生じるため、混合層{{enlink|mixed layer}}と称される{{Sfn|Urick|2013|pp=92-96}}。一方、海面が長時間静穏で日射が続くようなときには、混合層は消失し、深度とともに水温が下がってゆくことになる{{Sfn|Urick|2013|pp=71-76}}。


このように、深度の変化とともに水温が変化する層のことを水温躍層と称し、季節の変化を強く受ける季節水温躍層({{Lang|en|seasonal thermocline}})と、季節の変化を比較的受けにくい主水温躍層({{Lang|en|main thermocline}})に分けられる。夏季と秋季のあいだは表面層/混合層の水温が高いため、季節水温躍層は強力ではっきりしているが、冬季・春季および北極海では、表面層/混合層の水温が下がることもあって、これと渾然一体となり、区別がなくなる。主水温躍層では、深海の冷たい層の水温勾配を上回る大きな水温勾配が存在する{{Sfn|Urick|2013|pp=71-76}}。
海や湖は表面から日光によって暖められる。さらに表面近くは[[風]]や[[水面波|波]]の影響によって混合されるため、深さが変化しても温度があまり変化しない。一方、日光の直接届かない深さには弱い流れがあり、低温が維持されるため、上層の暖かい層との境界に温度の急激に変化する層ができる。


この躍層から海底までのあいだには、水温{{Convert|39|F|C}}と一定になる深海等温層({{Lang|en|deep isothermal layer}})が存在する。高緯度海域では、この深海等温層が海面近くまで達している{{Sfn|Urick|2013|pp=71-76}}。
海洋では、表面を暖める効果と下層の低温を保つ効果はおおきくわけて三つの時間スケールで働く。短いものは、昼間暖まり夜間冷えるという日変化がある。次に、夏に暖まり冬に冷えるという季節変化がある。以上に加え、ほぼ定常に保たれるサーモクラインが存在する。海域や気象状況などによって大きく異なるが、日変化水温躍層はおよそ数メートル以浅、季節水温躍層は数百メートル、定常水温躍層は千メートル程度の深さに発達することが多い。定常水温躍層より深い部分の水温はほとんど変化しない。


== 音波伝播への影響 ==
温度の急激な変化は、[[密度]]の急激な変化を意味する。そのためサーモクライン付近の流体が鉛直に動くとその変動は密度変化による[[浮力]]の差を復元力として[[水面波|波]]となってサーモクライン上を伝播する。これは内部波と呼ばれる。内部波の発生要因は[[潮汐]]と海底地形の相互作用や、海上の風であり、波長は数十メートルから数百キロメートル、波高は数センチメートルから最大百メートル程度のものまである。特に赤道付近では[[コリオリ力]]が非常に小さくなる効果のため、大規模な波が伝わりやすい。[[太平洋]]赤道付近をつたわる内部波は[[エルニーニョ]]現象の発生発達に重要な役割を果たす。
[[File:Sonicspeed under the water chart J.PNG|thumb|350px|混合層が出現すると、サーフェスダクトによって海面付近への音線の到達は改善する一方、層深より下にシャドウゾーンが出現する。]]
混合層はサーフェスダクトと称される[[サウンドチャネル]]を形成する。これは海面直下の[[音速プロファイル|音速勾配]]が正の領域により形成されているが、サウンドチャネルの特性として、音線(音の伝播経路)に対して一種のレンズのように働くため、屈折によって鉛直方向に発散しなくなる{{Sfn|防衛庁|1978|p=14}}。すなわち、混合層のなかで発せられた音は混合層のなかにトラップされる。この結果、直接の、すなわち至近距離での音場を超えた距離では、その層の直下の水温躍層内はシャドウゾーンとなり、音線が到達できなくなる{{efn2|ただしこのシャドウゾーンは完全なものではなく、海面からの散乱波などにより、若干の漏洩が生じる{{Sfn|Urick|2013|pp=71-76}}。}}{{Sfn|Urick|2013|pp=71-76}}。すなわち水温躍層に潜む[[潜水艦]]は、サーフェスダクト内の[[ソナー]]では探知できないため、混合層下端の深度を知っておくことは[[対潜戦]]上重要であり、この深度を特に'''層深'''({{Lang|en|layer depth}})と称する{{Sfn|防衛庁|1978|p=16}}。


また水温躍層の下側でも、水温躍層と深海等温層の境界を音速極小点とするサウンドチャネルが形成されており、これを[[深海サウンドチャネル]](SOFARチャネル)と称する。こちらは[[海面]]や[[海底]]への反射による音響的損失を生じにくいことから、中程度の音響出力でも非常に長距離の伝搬を期待できるという特性があり{{Sfn|Urick|2013|pp=97-101}}、[[クジラの歌]]による長距離のコミュニケーションや、[[SOSUS]]による長距離の潜水艦探知に活用されている{{Sfn|小林|2018}}。
水中の[[音速]]は温度によって大きく変化するため、サーモクラインの変動は[[潜水艦]]の[[ソナー]]の性能を大きく左右する。たとえば、正午頃に海面温度が急上昇することにより顕著な温度境界が生じ、浅深度で発信する[[ソナー|アクティブソナー]]の探知能力が極端に低下してしまう。この現象は「アフタヌーンエフェクト」(午後の効果)とよばれていて、アクティブソナー独特の特性である。潜水艦はサーモクライン下 200 [[フィート]]で艦艇襲撃の機会を伺っている。また、上記の内部波も音波伝搬路を不規則に歪ませる作用を持つ。


== 脚注 ==
[[シュノーケル]]や[[スキューバダイビング]]中に、浅いサーモクラインが[[蜃気楼]]のように見えることがある。これは水温によって海水の光の[[屈折率]]が変化するためである。
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=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
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== 参考文献 ==
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* {{Cite book|和書|first=Robert J.|last=Urick|others=三好章夫|editor=新家富雄|year=2013|title=水中音響学 改訂|publisher=京都通信社|isbn=978-4903473918|ref=harv}}
[[Category:海洋学]]
* {{Cite journal|和書|last=小林|first=正男|year=2018|month=6|title=現代の潜水艦 第23回|journal=[[世界の艦船]]|issue=880|pages=141-147|publisher=[[海人社]]|naid=|ref=harv}}
[[Category:陸水学]]
* {{Cite web|和書|authorlink=防衛省|author=防衛庁|year=1978|url=https://www.mod.go.jp/atla/nds/Y/Y0011B.pdf|title=防衛庁規格 水中音響用語-現象|format=PDF|accessdate=2018/05/04|ref=harv}}
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==関連項目==
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*[[内部波]]

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2023年11月26日 (日) 11:54時点における最新版

太平洋日本東方(東経160度北緯30度)に見られる水温躍層。夏(7月から9月、赤線)と冬(1月から3月、青線)の平均的な海水温と深さの関係を示す。夏に季節水温躍層が 50 メートル付近に見られる。これとは別に 500 メートルから 1000 メートル付近で温度が急激に変化している主水温躍層が見られる。

水温躍層英語: thermocline, thermal layer; ではmetalimnionとも)は、海洋湖沼内部で、深さに対して急激に水温が変化する水面近くの層[1][2]

概要

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水面直下の表面層(surface layer)は熱交換の作用を受けやすく、水温が高い傾向がある。また雲で覆われたり風浪のある海域では、海面直下に等温層が存在するのが通常である。この等温層は、海面付近の水がの影響によって混合されることによって生じるため、混合層 (mixed layerと称される[3]。一方、海面が長時間静穏で日射が続くようなときには、混合層は消失し、深度とともに水温が下がってゆくことになる[2]

このように、深度の変化とともに水温が変化する層のことを水温躍層と称し、季節の変化を強く受ける季節水温躍層(seasonal thermocline)と、季節の変化を比較的受けにくい主水温躍層(main thermocline)に分けられる。夏季と秋季のあいだは表面層/混合層の水温が高いため、季節水温躍層は強力ではっきりしているが、冬季・春季および北極海では、表面層/混合層の水温が下がることもあって、これと渾然一体となり、区別がなくなる。主水温躍層では、深海の冷たい層の水温勾配を上回る大きな水温勾配が存在する[2]

この躍層から海底までのあいだには、水温39 °F (4 °C)と一定になる深海等温層(deep isothermal layer)が存在する。高緯度海域では、この深海等温層が海面近くまで達している[2]

音波伝播への影響

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混合層が出現すると、サーフェスダクトによって海面付近への音線の到達は改善する一方、層深より下にシャドウゾーンが出現する。

混合層はサーフェスダクトと称されるサウンドチャネルを形成する。これは海面直下の音速勾配が正の領域により形成されているが、サウンドチャネルの特性として、音線(音の伝播経路)に対して一種のレンズのように働くため、屈折によって鉛直方向に発散しなくなる[4]。すなわち、混合層のなかで発せられた音は混合層のなかにトラップされる。この結果、直接の、すなわち至近距離での音場を超えた距離では、その層の直下の水温躍層内はシャドウゾーンとなり、音線が到達できなくなる[注 1][2]。すなわち水温躍層に潜む潜水艦は、サーフェスダクト内のソナーでは探知できないため、混合層下端の深度を知っておくことは対潜戦上重要であり、この深度を特に層深layer depth)と称する[5]

また水温躍層の下側でも、水温躍層と深海等温層の境界を音速極小点とするサウンドチャネルが形成されており、これを深海サウンドチャネル(SOFARチャネル)と称する。こちらは海面海底への反射による音響的損失を生じにくいことから、中程度の音響出力でも非常に長距離の伝搬を期待できるという特性があり[6]クジラの歌による長距離のコミュニケーションや、SOSUSによる長距離の潜水艦探知に活用されている[7]

脚注

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注釈

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  1. ^ ただしこのシャドウゾーンは完全なものではなく、海面からの散乱波などにより、若干の漏洩が生じる[2]

出典

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  1. ^ 防衛庁 1978, p. 15.
  2. ^ a b c d e f Urick 2013, pp. 71–76.
  3. ^ Urick 2013, pp. 92–96.
  4. ^ 防衛庁 1978, p. 14.
  5. ^ 防衛庁 1978, p. 16.
  6. ^ Urick 2013, pp. 97–101.
  7. ^ 小林 2018.

参考文献

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  • Urick, Robert J. 著、新家富雄 編『水中音響学 改訂』三好章夫、京都通信社、2013年。ISBN 978-4903473918 
  • 小林, 正男「現代の潜水艦 第23回」『世界の艦船』第880号、海人社、2018年6月、141-147頁。 
  • 防衛庁 (1978年). “防衛庁規格 水中音響用語-現象” (PDF). 2018年5月4日閲覧。

関連項目

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