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「関東大学ラグビー対抗戦グループ」の版間の差分

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※判明分のみを記述。ボールド体は選手権出場。対抗戦には本来は優勝も含めて順位は存在しないが、上位大会への出場権決定の都合で便宜的な順列を決める為、一般的にはこれを順位と称する。 なお、1997年の総当たり戦実施までは、対戦校も対戦数もチームによりばらつきがあるため、『前年度上位8位校との対戦が6校以上ある事』が順位がつく条件で、その条件を満たしているチームの中で負け数がより少ない方が上位という決定方法を採っていて、対戦校はシーズン毎に行なう事前のマネージャー会議での調整で決定していた。(1966年以前の順位は資料不足により不明。)
※判明分のみを記述。ボールド体は選手権出場。対抗戦には本来は優勝も含めて順位は存在しないが、上位大会への出場権決定の都合で便宜的な順列を決める為、一般的にはこれを順位と称する。 なお、1997年の総当たり戦実施までは、対戦校も対戦数もチームによりばらつきがあるため、『前年度上位8位校との対戦が6校以上ある事』が順位がつく条件で、その条件を満たしているチームの中で負け数がより少ない方が上位という決定方法を採っていて、対戦校はシーズン毎に行なう事前のマネージャー会議での調整で決定していた。(1966年以前の順位は資料不足により不明。)


*1967年 '''早大、慶'''、日体、明治 ※同年から[[関東大学ラグビーリーグ戦グループ|総当たり戦(リーグ戦)グループ]]校と分離。但し代表決定戦は未実施で、双方のグループの上位2校が選手権に出場。
*1967年 '''[[早大]][[応]]'''、[[日体]][[明治]] ※同年から[[関東大学ラグビーリーグ戦グループ|総当たり戦(リーグ戦)グループ]]校と分離。但し代表決定戦は未実施で、双方のグループの上位2校が選手権に出場。
*1968年 早大、'''日体、明治'''、慶應 ※同年よりリーグ戦グループとの間で代表決定戦(交流戦)が開始
*1968年 早大、'''日体、明治'''、慶應 ※同年よりリーグ戦グループとの間で代表決定戦(交流戦)が開始
*1969年 '''日体、早大、慶應'''、明治
*1969年 '''日体、早大、慶應'''、明治
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*1971年 '''早大、明治'''、日体、慶應
*1971年 '''早大、明治'''、日体、慶應
*1972年 '''早大、明治、慶應'''、日体
*1972年 '''早大、明治、慶應'''、日体
*1973年 '''早大、明治、慶應'''、青学
*1973年 '''早大、明治、慶應'''、[[青学]]
*1974年 '''早大、慶應、日体、明治'''
*1974年 '''早大、慶應、日体、明治'''
*1975年 '''早大、明治'''、日体、'''慶應''' ※日体は引き分け抽選の結果
*1975年 '''早大、明治'''、日体、'''慶應''' ※日体は引き分け抽選の結果
*1976年 '''早大、明治、慶應'''、筑波
*1976年 '''早大、明治、慶應'''、[[筑波]]
*1977年 '''明治、慶應'''、早大、'''日体'''
*1977年 '''明治、慶應'''、早大、'''日体'''
*1978年 '''日体、明治、慶應'''、筑波、'''早大''' ※4位の筑波は、茨城県議会議員選挙で部員が買収されていたことが判明し、交流試合出場を辞退。代わって5位の早大が交流戦に出場
*1978年 '''日体、明治、慶應'''、筑波、'''早大''' ※4位の筑波は、茨城県議会議員選挙で部員が買収されていたことが判明し、交流試合出場を辞退。代わって5位の早大が交流戦に出場
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*1988年 '''明治、日体、早大'''、筑波
*1988年 '''明治、日体、早大'''、筑波
*1989年 '''日体、早大'''、慶應、'''明治''' ※明治の出場は引き分け抽選の結果
*1989年 '''日体、早大'''、慶應、'''明治''' ※明治の出場は引き分け抽選の結果
*1990年 '''早大、明治'''、青学、帝京
*1990年 '''早大、明治'''、青学、[[帝京]]
*1991年 '''明治、早大'''、日体、慶應
*1991年 '''明治、早大'''、日体、慶應
*1992年 '''明治、早大'''、日体、筑波
*1992年 '''明治、早大'''、日体、筑波
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*1994年 '''明治、早大、日体、帝京、青学'''
*1994年 '''明治、早大、日体、帝京、青学'''
*1995年 '''日体、明治、早大、帝京、筑波'''
*1995年 '''日体、明治、早大、帝京、筑波'''
*1996年 '''明治、早大、帝京、日体、筑波'''、慶應、青学、東大、成蹊、立教、[武蔵、成城、学習、明学、上智、一橋]※11位以下は順位条件(前年上位8位以上との対戦が6以上あること)を満たしていない為順位無し
*1996年 '''明治、早大、帝京、日体、筑波'''、慶應、青学、[[東大]][[成蹊]][[立教]]、[[[武蔵]][[成城]][[学習院]][[明学]][[上智]][[一橋]]]※11位以下は順位条件(前年上位8位以上との対戦が6以上あること)を満たしていない為順位無し
*1997年 '''明治、早大、帝京、筑波、日体'''、青学、慶應、東大 成城、立教、成蹊、一橋、上智、武蔵、明学、学習 ※同年からA・Bに分けて総当たり戦を実施。5位校の他地区との大学選手権代表決定戦は隔年に変更され同年は無条件出場。
*1997年 '''明治、早大、帝京、筑波、日体'''、青学、慶應、東大 成城、立教、成蹊、一橋、上智、武蔵、明学、学習 ※同年からA・Bに分けて総当たり戦を実施。5位校の他地区との大学選手権代表決定戦は隔年に変更され同年は無条件出場。
*1998年 '''明治、慶應、早大、筑波、日体'''、青学、東大 ※帝京は不祥事に因り入れ替え戦も含めた公式戦出場を辞退。但し協会判断によりBへの降格はなし(Bグループの戦績不明)
*1998年 '''明治、慶應、早大、筑波、日体'''、青学、東大 ※帝京は不祥事に因り入れ替え戦も含めた公式戦出場を辞退。但し協会判断によりBへの降格はなし(Bグループの戦績不明)

2008年9月6日 (土) 08:40時点における版

関東大学ラグビー対抗戦グループとは、関東ラグビーフットボール協会が主催して開催する関東の大学生チームによるラグビーの対戦グループのことである。

古くは関東協会の大学ラグビーも、関西協会や九州協会と同じように一つの統一された対戦グループで運営されていた。ただし、対戦方式は他の地域のように前年のチーム成績による総当たり戦ではなく、“シーズン毎に行なう事前のマネージャー会議で対戦相手を決め、試合日程(対戦相手や試合日)もその対戦校間の事情で決定される”という、現在では対抗戦方式と呼ばれる方式で行なわれていた。この方式は実質的には、伝統校間の対戦は毎年同じ日に開催される定期戦方式となり、例えば対戦を希望する新興校が申し込んだ相手校に対戦を断られ続ける限りは永久に対戦できないシステムであった。

加盟校が増えるにつれて、早稲田・明治・慶應などが主張する対抗戦方式に異を唱え前回成績に則した総当たり戦を主張するグループ(主に新興チーム)が生まれ、双方の間で感情的な対立がしだいに大きくなっていった。その後の紆余曲折の結果、総当たり戦を主張するグループが1968年にリーグ戦グループを立ち上げた。そこで、リーグ戦グループと、従来通りの対抗戦方式に従うグループとを区別するために、後者を対抗戦グループと呼ぶようになった。(対抗戦グループという連盟があるわけではなく、あくまで、関東ラグビーフットボール協会に加盟の大学チームのなかで、対抗戦方式で試合を行なっているグループ。)

順位については通常のリーグ戦と同じく勝ち星を争う形式ではあるものの、総当りではなかった(※1)。そのため各校の試合数にばらつきがあり、それが対抗戦の特徴ではあったが、常に不公平感がつきまとった。そこで1997年から16チーム1組ではなく、リーグ戦グループと同様の総当たり戦と二部制(Aグループ・Bグループそれぞれ8チーム)を採用して入れ替え戦を実施するようになった。ただしその運営方式の変更以後は新規の加入を凍結して現在に至っている。 (参加チーム紹介については全国大学ラグビー選手権・各リーグの紹介の項も参照)


※1:スイス式トーナメント方式に準じたシステムとされているが、

  1. 試合数にばらつきがあること
  2. 対戦相手の決定方法が本来のスイス式トーナメントの主旨とは決定的に異なっている

などの点が大きく異なっている。従って、“スイス式トーナメントに準じた方法を採用した”というよりは、“現実に採った方法を無理やり既存のいずれかの方式に当てはめるならば、スイス式トーナメントに一番近い形態だ”という方が実態をよく表現している。


所属校

※データは2008年度開始時点。記順は前年度入れ替え戦終了後の順位。( )内数字は今季の順位。

Aグループ(1部相当)

早稲田大学(1)、明治大学(2)、慶應義塾大学(3)、帝京大学(4)、筑波大学(5)、日本体育大学(6)、成蹊大学(7)、立教大学(Bグループ1位)

Bグループ(2部相当)

青山学院大学(Aグループ8位)、学習院大学(2)、成城大学(3)、東京大学(4)、武蔵大学(5)、明治学院大学(6)、一橋大学(7)、上智大学(8)

歴代順位表

※判明分のみを記述。ボールド体は選手権出場。対抗戦には本来は優勝も含めて順位は存在しないが、上位大会への出場権決定の都合で便宜的な順列を決める為、一般的にはこれを順位と称する。 なお、1997年の総当たり戦実施までは、対戦校も対戦数もチームによりばらつきがあるため、『前年度上位8位校との対戦が6校以上ある事』が順位がつく条件で、その条件を満たしているチームの中で負け数がより少ない方が上位という決定方法を採っていて、対戦校はシーズン毎に行なう事前のマネージャー会議での調整で決定していた。(1966年以前の順位は資料不足により不明。)

  • 1967年 早大慶応日体明治 ※同年から総当たり戦(リーグ戦)グループ校と分離。但し代表決定戦は未実施で、双方のグループの上位2校が選手権に出場。
  • 1968年 早大、日体、明治、慶應 ※同年よりリーグ戦グループとの間で代表決定戦(交流戦)が開始
  • 1969年 日体、早大、慶應、明治
  • 1970年 早大、日体、明治、慶應
  • 1971年 早大、明治、日体、慶應
  • 1972年 早大、明治、慶應、日体
  • 1973年 早大、明治、慶應青学
  • 1974年 早大、慶應、日体、明治
  • 1975年 早大、明治、日体、慶應 ※日体は引き分け抽選の結果
  • 1976年 早大、明治、慶應筑波
  • 1977年 明治、慶應、早大、日体
  • 1978年 日体、明治、慶應、筑波、早大 ※4位の筑波は、茨城県議会議員選挙で部員が買収されていたことが判明し、交流試合出場を辞退。代わって5位の早大が交流戦に出場
  • 1979年 明治、早大、日体、筑波
  • 1980年 慶應、明治、早大、日体
  • 1981年 早大、明治、日体、慶應
  • 1982年 早大、慶應、明治、日体 ※日体の出場は引き分け抽選の結果
  • 1983年 日体、明治、慶應、帝京
  • 1984年 慶應、早大、日体、帝京
  • 1985年 明治、早大、日体、慶應
  • 1986年 明治、早大、筑波、日体
  • 1987年 早大、筑波、明治、日体
  • 1988年 明治、日体、早大、筑波
  • 1989年 日体、早大、慶應、明治 ※明治の出場は引き分け抽選の結果
  • 1990年 早大、明治、青学、帝京
  • 1991年 明治、早大、日体、慶應
  • 1992年 明治、早大、日体、筑波
  • 1993年 明治、早大、日体、青学、筑波 ※大学選手権への出場枠拡大に伴い交流戦が廃止。5位校は他地区との代表決定戦の結果により出場
  • 1994年 明治、早大、日体、帝京、青学
  • 1995年 日体、明治、早大、帝京、筑波
  • 1996年 明治、早大、帝京、日体、筑波、慶應、青学、東大成蹊立教、[武蔵成城学習院明学上智一橋]※11位以下は順位条件(前年上位8位以上との対戦が6以上あること)を満たしていない為順位無し
  • 1997年 明治、早大、帝京、筑波、日体、青学、慶應、東大 成城、立教、成蹊、一橋、上智、武蔵、明学、学習 ※同年からA・Bに分けて総当たり戦を実施。5位校の他地区との大学選手権代表決定戦は隔年に変更され同年は無条件出場。
  • 1998年 明治、慶應、早大、筑波、日体、青学、東大 ※帝京は不祥事に因り入れ替え戦も含めた公式戦出場を辞退。但し協会判断によりBへの降格はなし(Bグループの戦績不明)
  • 1999年 慶應、帝京、明治、早大、日体、筑波、青学、東大  立教、成蹊、成城、学習、明学、一橋、上智、武蔵
  • 2000年 慶應、明治、早大、帝京、筑波、東大、日体、青学  上智、立教、成城、成蹊、一橋、武蔵、学習、明学
  • 2001年 早大、慶應、明治、帝京、日体、筑波、青学、東大  成城、成蹊、上智、一橋、学習、明治、武蔵、立教
  • 2002年 早大、慶應、明治、帝京、筑波、日体、青学、東大  立教、上智、成蹊、一橋、成城、学習、武蔵、明学 ※入れ替え戦の結果、東大と立教が入れ替わり
  • 2003年 早大、帝京、筑波、明治、慶應、日体、青学、立教  成蹊、上智、明学、一橋、学習、成城、東大、武蔵
  • 2004年 早大、慶應、明治、帝京、筑波、日体、立教、青学  成蹊、学習、東大、一橋、成城、明学、上智、武蔵
  • 2005年 早大、帝京、慶應、明治、日体、筑波、立教、青学  成蹊、学習、明学、東大、成城、上智、一橋、武蔵 
  • 2006年 早大、明治、慶應、帝京、日体、筑波、青学、立教  成蹊、学習、武蔵、成城、東大、一橋、明学、上智 ※入れ替え戦の結果、立教と成蹊が入れ替わり
  • 2007年 早大、明治、慶應、帝京、筑波、日体、成蹊、青学  立教、学習、成城、東大、武蔵、明学、一橋、上智 ※入れ替え戦の結果、青学と立教が入れ替わり

関連項目