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[[ボルツァーノ自治県]]の小都市ルゾーンにて生まれる。美術学校を卒業後[[ヴェローナ]]に移り、スペイン人彫刻家[[:en:Miguel Ortiz Berrocal|ミゲル・ベロカル]]の下で助手として働いていた時に[[フランス]]の漫画文化である[[バンド・デシネ]]の存在を知り、その表現の可能性に目覚める<ref name="manara1">[http://www.milomanara.it/ 公式サイト]</ref><ref name="manara2">『ガリバリアーナ』日本語版 巻末折り返しより。</ref>。1968年にスタンド売りのポケット判大衆漫画の仕事を始めた彼は翌年、処女作『ジェニウス』(Genius)で漫画家デビューを果たす。当初は国内の漫画誌での仕事をしていたが、1976年、[[孫悟空]]を基にした『猿』がフランスの漫画誌アルテ・リニュス(Alter-Linus)に掲載されたの機に、フランスの出版社での活動を行うようになる<ref name="manara2" />。1978年、漫画誌[[:en:À Suivre|ア・シュイーヴル]](À Suivre)にて、『ジュゼッペ・ベルグマン』シリーズを発表。マナラはこの作品シリーズの中でHPというキャラクターを主人公として登場させているが、これはマナラの親友であると同時に、彼が漫画の師と仰いでいた[[:en:Hugo Pratt|ウーゴ・プラット]]がモデルとなっている<ref name="manara1" />。プラットとは後に、19世紀の南北アメリカ大陸を舞台にした冒険譚『全てはインディアンの夏と共に始まった』(1981年)および『エル・ガウチョ』(1993年)で共に仕事をすることになる<ref name="manara2" />。1983年に、遠隔装置によって操られた女性が淫らになってしまう様を描いた『遊戯』を発表。以降、体を見えなくする塗料 |
[[ボルツァーノ自治県]]の小都市ルゾーンにて生まれる。美術学校を卒業後[[ヴェローナ]]に移り、スペイン人彫刻家[[:en:Miguel Ortiz Berrocal|ミゲル・ベロカル]]の下で助手として働いていた時に[[フランス]]の漫画文化である[[バンド・デシネ]]の存在を知り、その表現の可能性に目覚める<ref name="manara1">[http://www.milomanara.it/ 公式サイト]</ref><ref name="manara2">『ガリバリアーナ』日本語版 巻末折り返しより。</ref>。1968年にスタンド売りのポケット判大衆漫画の仕事を始めた彼は翌年、処女作『ジェニウス』(Genius)で漫画家デビューを果たす。当初は国内の漫画誌での仕事をしていたが、1976年、[[孫悟空]]を基にした『猿』がフランスの漫画誌アルテ・リニュス(Alter-Linus)に掲載されたの機に、フランスの出版社での活動を行うようになる<ref name="manara2" />。1978年、漫画誌[[:en:À Suivre|ア・シュイーヴル]](À Suivre)にて、『ジュゼッペ・ベルグマン』シリーズを発表。マナラはこの作品シリーズの中でHPというキャラクターを主人公として登場させているが、これはマナラの親友であると同時に、彼が漫画の師と仰いでいた[[:en:Hugo Pratt|ウーゴ・プラット]]がモデルとなっている<ref name="manara1" />。プラットとは後に、19世紀の南北アメリカ大陸を舞台にした冒険譚『全てはインディアンの夏と共に始まった』(1981年)および『エル・ガウチョ』(1993年)で共に仕事をすることになる<ref name="manara2" />。1983年に、遠隔装置によって操られた女性が淫らになってしまう様を描いた『遊戯』を発表。以降、体を見えなくする塗料によって透明となった男が登場する『見えざる香り』(1986年)、前作と同様の主人公を据えた『隠しカメラ』(1988年)、若い娘が[[ガリバー旅行記]]さながらの不思議な冒険を繰り広げる『ガリバリアーナ』(1996年)などエロティックな作品を生み出し、エロティック漫画の第一人者としての彼の評判を確固たるものにした。これらのうち、『遊戯』は1985年にフランスにて映画化された<ref name="manara2" />。 |
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また、映画監督の[[フェデリコ・フェリーニ]]と親交があり、『インテルビスタ』(1987年)、『ボイス・オブ・ムーン』(1990年)のポスターを手掛けるのみならず、未公開シナリオを基に『トゥルムへの旅』『G・マストロナの旅』を刊行した<ref name="manara2" />。同じく[[チリ]]の映画監督・漫画原作者である[[アレハンドロ・ホドロフスキー]]とは、15~16世紀に実在した貴族・[[ボルジア家]]をテーマにした『ボルジア』で共に仕事をしている<ref name="manara2" />。近年では[[アメリカ]]へも活動の場を広げており、[[アメコミ]]原作者としても知られる作家の[[ニール・ゲイマン]]と漫画でのコラボレーションを行っている。1998年には[[ハーベイ賞]]にてジャック・カービーの殿堂に選ばれた。 |
また、映画監督の[[フェデリコ・フェリーニ]]と親交があり、『インテルビスタ』(1987年)、『ボイス・オブ・ムーン』(1990年)のポスターを手掛けるのみならず、未公開シナリオを基に『トゥルムへの旅』『G・マストロナの旅』を刊行した<ref name="manara2" />。同じく[[チリ]]の映画監督・漫画原作者である[[アレハンドロ・ホドロフスキー]]とは、15~16世紀に実在した貴族・[[ボルジア家]]をテーマにした『ボルジア』で共に仕事をしている<ref name="manara2" />。近年では[[アメリカ]]へも活動の場を広げており、[[アメコミ]]原作者としても知られる作家の[[ニール・ゲイマン]]と漫画でのコラボレーションを行っている。1998年には[[ハーベイ賞]]にてジャック・カービーの殿堂に選ばれた。 |
2015年12月13日 (日) 06:30時点における版
ミロ・マナラ Milo Manara | |
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本名 |
マウリリオ・マナラ Maurilio Manara |
生誕 |
1945年9月12日(78歳) イタリア ルゾーン |
国籍 |
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職業 | 漫画家 |
活動期間 | 1969年 - |
ジャンル | 成人向け漫画 |
代表作 |
『ジュゼッペ・ベルグマン』 『遊戯』 |
ミロ・マナラ(Milo Manara、1945年9月12日 - )は、イタリアの漫画家である。女性をエロティックかつ魅力的に描いた作品を数多く発表しており、エロティック漫画の第一人者として知られている。
経歴
ボルツァーノ自治県の小都市ルゾーンにて生まれる。美術学校を卒業後ヴェローナに移り、スペイン人彫刻家ミゲル・ベロカルの下で助手として働いていた時にフランスの漫画文化であるバンド・デシネの存在を知り、その表現の可能性に目覚める[1][2]。1968年にスタンド売りのポケット判大衆漫画の仕事を始めた彼は翌年、処女作『ジェニウス』(Genius)で漫画家デビューを果たす。当初は国内の漫画誌での仕事をしていたが、1976年、孫悟空を基にした『猿』がフランスの漫画誌アルテ・リニュス(Alter-Linus)に掲載されたの機に、フランスの出版社での活動を行うようになる[2]。1978年、漫画誌ア・シュイーヴル(À Suivre)にて、『ジュゼッペ・ベルグマン』シリーズを発表。マナラはこの作品シリーズの中でHPというキャラクターを主人公として登場させているが、これはマナラの親友であると同時に、彼が漫画の師と仰いでいたウーゴ・プラットがモデルとなっている[1]。プラットとは後に、19世紀の南北アメリカ大陸を舞台にした冒険譚『全てはインディアンの夏と共に始まった』(1981年)および『エル・ガウチョ』(1993年)で共に仕事をすることになる[2]。1983年に、遠隔装置によって操られた女性が淫らになってしまう様を描いた『遊戯』を発表。以降、体を見えなくする塗料によって透明となった男が登場する『見えざる香り』(1986年)、前作と同様の主人公を据えた『隠しカメラ』(1988年)、若い娘がガリバー旅行記さながらの不思議な冒険を繰り広げる『ガリバリアーナ』(1996年)などエロティックな作品を生み出し、エロティック漫画の第一人者としての彼の評判を確固たるものにした。これらのうち、『遊戯』は1985年にフランスにて映画化された[2]。
また、映画監督のフェデリコ・フェリーニと親交があり、『インテルビスタ』(1987年)、『ボイス・オブ・ムーン』(1990年)のポスターを手掛けるのみならず、未公開シナリオを基に『トゥルムへの旅』『G・マストロナの旅』を刊行した[2]。同じくチリの映画監督・漫画原作者であるアレハンドロ・ホドロフスキーとは、15~16世紀に実在した貴族・ボルジア家をテーマにした『ボルジア』で共に仕事をしている[2]。近年ではアメリカへも活動の場を広げており、アメコミ原作者としても知られる作家のニール・ゲイマンと漫画でのコラボレーションを行っている。1998年にはハーベイ賞にてジャック・カービーの殿堂に選ばれた。
映画化された作品
- Le Déclic(1985年)
- 『遊戯』の映画化。ジャン=ルイ・リシャール監督。日本では『レディ・ドール』の邦題で1988年に公開された[3]。
日本での出版
- 『ガリバリアーナ』(鵜野孝紀訳、パイ インターナショナル、2013年10月、ISBN 4756244149)
脚注
参考文献
- ミロ・マナラ『ガリバリアーナ』鵜野孝紀訳、パイ インターナショナル、2013年10月
外部リンク
- 公式サイト
- Manara, Milo BD Gest'
- Milo ManaraLambiek Comiclopedia
- ミロ・マナラ - IMDb