コンテンツにスキップ

真田守信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
真田大八から転送)
 
真田守信 / 片倉守信
真田守信(個人蔵)
時代 江戸時代前期
生誕 慶長17年(1612年
死没 寛文10年10月30日1670年12月12日
改名 大八(幼名)、(片倉守信)→真田守信→片倉守信
別名 四郎兵衛[1]、久米之介[1]通称)、沖允[2](通称)
墓所 功徳山当信寺宮城県白石市
主君 伊達忠宗綱宗綱村
陸奥国仙台藩
氏族 真田氏片倉氏仙台真田家
父母 父:真田信繁
母:竹林院大谷吉継の娘)
兄弟 阿菊/すへ(石合重定/道定室)[3]、於市、阿梅片倉重長後室)、あくり(蒲生郷喜室)、幸昌なほ(御田姫、岩城宣隆室)、阿昌蒲(片倉定広室)、おかね(石川貞清室)、守信三好幸信
辰信
特記
事項
出自に疑義あり。
テンプレートを表示

真田 守信(さなだ もりのぶ)は、江戸時代前期の武士陸奥仙台藩士。

生涯

[編集]

出自については、真田信繁の二男が大坂の陣から落ち延びたとするのが通説である。これに従うと、守信は慶長17年(1612年)、真田信繁の二男として紀伊国九度山で生まれた[4]。母は大谷吉継の娘[4](竹林院[5])。幼名は大八通称は四郎兵衛、後に久米之介。

大八は、ある年の高野山蓮華定院(真田氏の高野山における菩提寺)の記録に「5月5日、京都に於て印地打ち成され、御死去候」と、石投げで死亡したという記録もある[6]。しかし実際は生存し、慶長20年(1615年)5月の大坂夏の陣で父信繁と兄大助(幸昌)が戦没した後、落城時に同母姉の阿梅(次女)[7]片倉重長に乱取りされ、そのまま側室になった。これを頼る形で、他の同母姉の阿昌蒲(六女)・おかね(七女) らと共に、大八も片倉家の下に匿われたという[4]

その後、寛永17年(1640年)、28歳の時に伊達家(仙台藩)に召し抱えられ、真田四郎兵衛守信を称した。しかし逆賊の子を雇用したのではないかと幕府が咎めて、仙台藩に詰問状が届いた。伊達家は、信繁の次子・大八は石投げで死んでいるとする前述の記録を持ち出して弁明し、守信は「幕臣である真田信尹の次男の真田政信の子」だと偽の報告を行った。幕府も厳密に調査すれば否定できた話であったが、伊達家との良好な関係も考慮し、これで結局お咎めなしとなった。[1][8]

一方、通説では「偽の報告」として扱われているが、江戸中期に仙台藩士の家系をまとめた[9]『伊達世臣家譜』によれば、守信は、信繁の叔父にあたる真田信尹の子孫で、父は政信とある。[10][11] また、片倉重長の子孫である男爵片倉信光が、1942年に提出した家系図とも合致する。[12]また、信州真田家側の史料にも大八が夭逝したとする記録もあり[13]、通説への疑義は残る[8]

いずれにしても、守信は阿梅を介して片倉家を頼り、寛永年間に仙台藩士となり、片倉久米之介守信に改名した。寛文10年(1670年)10月30日に死去した。享年59[4]。子の辰信が継いだ。守信より8代後、幕末期の子孫真田幸歓において真田姓に復し[4]仙台真田家として現在も続いている。

登場する作品

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c 德川 2015.
  2. ^ 今泉 1937, p. 35.
  3. ^ 小林計一郎 1989, pp.95, 187-188
  4. ^ a b c d e 小林計一郎 1989, p.97
  5. ^ 信繁の正室。
  6. ^ 小林計一郎 1989, p.189.
  7. ^ 落城時の乱取り(『老翁聞書』によれば自主的な投降)の後に嫁ぐことになった経緯は、阿梅#片倉重長の妻になる経緯を参照。
  8. ^ a b 丸島和洋『真田四代と信繁』株式会社平凡社〈平凡社新書〉、2015年11月13日、258-259頁 - ISBN 978-4-582-85793-1
  9. ^ 仙台市の指定登録文化財(仙台市HP) >仙台市の指定・登録文化財 >伊達世臣家譜及続編
  10. ^ 今泉篁洲「伊達世臣家譜. 第2輯 巻之九(召出之部)」『仙臺叢書. 続刊第3巻』仙台叢書刊行会、1937年、38頁。
  11. ^ 宮城県姓氏家系大辞典編纂委員会(竹内理三ほか)『宮城県姓氏家系大辞典』角川書店、1994年、694頁。ISBN 978-4040020402
  12. ^ 益岡四郎「真田幸村の後裔を探る(上)」『仙台郷土研究』仙台郷土研究会、1942年、第12巻第7号 -復刻版国会図書館蔵書
  13. ^ 「左衛門佐君伝記稿」『新編信濃史料叢書. 第18巻 (真田家御事蹟稿)』信濃史料刊行会、1978年、巻之一、53頁 - 国会図書館蔵書

参考文献

[編集]
  • 小林計一郎 編『真田幸村のすべて』新人物往来社、1989年、97, 189頁。ISBN 440401614X 
  • 德川宗英『徳川家が見た「真田丸の真実」』PHP研究所、2015年。ISBN 9784569827131 
  • 今泉篁洲「伊達世臣家譜. 第2輯 巻之九(召出之部)」『仙臺叢書. 続刊第3巻』仙台叢書刊行会、1937年、38頁。 
  • 仙台人名大辞書刊行会 編『国立国会図書館デジタルコレクション 仙台人名大辞書』仙台人名大辞書刊行会 編、1933年、480-481頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234467/379 国立国会図書館デジタルコレクション